公文と書いて「くもん」なら学習塾。
スタッフにはボッチャ日本一の人がいることで有名だ。
公文と書いて「こうぶん」なら近代美術館のお隣。
国立公文書館
昭和から平成になった時、そして平成から令和になった時。時代の分岐に訪れているが、今回は敗戦80周年を迎えてのタイミング。
テーマは《終戦 戦争の終わりと始まり》。
メーンに玉音放送の生原稿が展示され、そして昭和16年の宣戦布告から昭和20年のポツダム宣言受託まで、その当時の閣議議事録が公開されている。
大日本帝国軍人が牛耳った日中事変から、大東亜共栄圏を目指したり、米英に勝つと思って奇襲攻撃を仕掛けたり。まるで参政党を支持する輩の集まりのような無能集団が、平和を捨てて焦土の国土を創り出す。
東条英機が退陣しても戦争をやめることをしなかった小磯国昭の小心さが、結局は東京大空襲を呼び、その後のヒロシマ・ナガサキへと黒い歴史に刻んでいく。
キナ臭さが彷徨う世界にあって唯一の被爆国・日本。
その心臓部を公文書によって再確認することができた。教科書よりも、社会科の先生の言葉よりも、なによりも受験勉強よりも大切な時間。
こんな社会見学を中学生時代にしたかった。
閑話休題。
ふたたび近代美術館

承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1990623711&owner_id=8666179
特別企画展・戦争画の暗鬱さを抜けて、エレベーターで4階へと登っていく。
もう何度、何十度と観ているはずの所蔵品展であるけれど、未見の名画を発見する喜びを期待して。そして、戦争モードで冷えた心を豊かな心へと戻すために。
新収蔵のエルンストと、この作品を鑑賞してから《タチアオイ》が判別できるようになったオキーフの花
風景2題は古賀春江『風景』と佐伯祐三『雪景色』
古賀さんのくせにシュールじゃないし、佐伯さんのくせに文字がない。
クイズに出されたら回答不能の難問。
切り通し4題。
松林勝『小諸』、中川一政『板橋』、椿貞雄『冬枯れ』。どれがどれだかわからない。
4枚あるのに、残り1枚は誰の作品やら。
岸田劉生『道路と土手と塀(切通之写生)』。重要文化財。
この絵の前に立って何枚も何枚も写真を撮っている婦人がいた。全景よりも、道端に生える雑草や塀際のマチエールに焦点を合わせながら。
彼女が去ったあと、おいらも真似してみたけれど、狙いがわからない。
ここでいきなり、もう一枚の重要文化財。
これぞ竹橋。ホッとする。
福沢一郎はわかったけれど、曖謳のようなレインボーが里見勝蔵とは知らぬ存ぜぬ。
タイトル『女』は1936年作。
ちょうど8月のひらびーで蟹工船の話しをしたばかり
プロレタリア文学の代表者・小林多喜二、わずか29歳。
警察によって虐殺されたシーン。
描いたのは津田青楓『犠牲者』(1933)。
戦争前夜の共産党はかようにして殺される。
松本竣介2題。
『N駅近く』(1940)
『黒い花』(1940)
同級生に松本竣介を追い掛けて国内を廻っていた婦人がいる。
その彼女は、やがて同級生の旦那さんを伴って海外の美術館へも出掛けているらしい。
ステキじゃないか、そんな人生。
女子美の美術館で鑑賞してきたばかりの女流作家たち。
森田元子、有馬さとえ、そして三岸節子。
岡田三郎助は相当にセクハラ親父だけれど、しっかりと夢を実現させている。
そして、これはわからなかった。
これでも草間彌生。やればできるじゃん。
アルプの美しさとチクワの潔さ。
その李禹煥と作品を並べるのは、韓国作家・朴栖甫。
少しだけ韓国画家も勉強したい年頃になっている。
ハングルは途中で断念して、結局何も読めず仕舞い。後悔先に立たず。
S-15 の作品は曹良奎。漢字で書いてみたが、読み方もわからない。
大丈夫か、ソウル
最近、どうも縁のあるY字路の人。
いつまでも元気で活発な作品を創造してください。
横尾忠則89歳。
コレクションを4階から2階まで、しかも2周回。
国立近代美術館。ふらりと顔を出しただけなのに3時間。
ブリヂストンに感謝する

仕事の重み、世界最低水準――日本の職場に漂う“諦めの積み重ね”とは
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=8456770
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