8/20(水)12:04松本駅到着、まずは美味しい蕎麦が食べたい。
JR改札口の前の観光案内所で聴き、駅舎1階にある「榑木野(くれきの)」に行く。
下の写真はホームページから借用。
入口前に7〜8組並んでいる客がいたが、待つとした。
店頭ではガラス越しに職人が蕎麦打ちしているのを見る事ができる。
江戸時代、梓川は上流で伐採された榑木と言われる屋根材や丸太を街へ運搬したため榑木川とも呼ばれた。榑木の集積所にこの店の本店はあり、店名となった由。
20分程で入店、舞茸天ざるそば+くるみだれ(2040円)を注文。
細めの麺はこしと風味があって実に美味しい。くるみだれはこくがあるのにさっぱりしている。
その後、本町のホテルT迄5分強歩く。
当日の松本の気温は34℃。高地にあるので涼しいかと期待していたのだが、陽の当たる場所はやはり暑いので、広い通りは避け裏手の小径を歩く。
チェックイン後、本町から周遊バス「タウンスニーカー」北コース(乗車料金は一律200円)に乗り、松本城の北にある「旧開智(かいち)学校」を見学。入館料700円。
この校舎は1876(明治9)年竣工、元は女鳥羽川(めとばがわ)のほとりにあり、1961(昭和36)年、国の重要文化財に指定、1963(昭和38)年から翌年にかけて現在地に移転された。
1965(昭和40)年からは博物館となり、2019(令和元)年には、近代学校建築として初めて国宝となった。
明治初期、筑地ホテル,第一国立銀行などと同じく、洋風建築受容の流れに従い、いわゆる「疑洋風建築」として建てられた。
設計・施工は地元の大工棟梁 立石清重(*1)(1829-94)で、在来の日本建築技術により洋風化の工夫をしたものである。
当時、建築費用に1万1000円かかったが、約7割は地元住民が負担した。教育に対する熱心さは現在も同じである。
(*1) 立石清重のポートレート。
〈参考資料〉
・「文芸大聴講「日本伝統建築」第12回「近代建築」の受容とレポート(加筆) 」(2024.7.5記)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987933993&owner_id=3341406
同レポートに写真と記述があるが、静岡県磐田市にも擬洋風建築として1875(明治8)年に建てられた旧見付学校がある。
ファサードにある開智学校の象徴、かわいい(?)天使と龍の彫刻。
稚拙とも見える天使のデザインは当時の「東京日日新聞」のタイトルから引用されたらしい。
龍の彫刻は、廃仏毀釈の影響を受けた隣接寺院浄林寺から持ってきたと言われている。白く塗るとイメージが変わるものだ。
柱などのその他資材も、こうして調達した物が多々あるとの事。
内部写真。上から、廊下の扉と照明、階段、講堂。
当時の教材資料の展示も多数あり、興味深かった。
往きと同じ「タウンスニーカー」で本町に戻り、老舗の菓子舗「開運堂」内「Kissa千豆(せんず)」でかき氷しるこ(1050円)を食べる。冷たいものが喉をすっと通り、活き返る思い。
「開運堂」の菓子のパッケージや袋には、昨年101歳で亡くなった柚木沙弥郎(ゆのきさみろう/1922-2024)のデザインが使われているものがある。
本町通りはアンティークとモダンが混ざりあう建物が並び、ウィーンの街を歩いているような気がしてくる。松本は自分達が生みだした文化を大事にしている事が分かる。
足下に目を移せば、マンホールの蓋もgood!。
一度ホテルに戻り、次は今回の旅のメイン、オペラ鑑賞。
今日のレポートはここ迄。
〈参考資料〉
『日本建築様式史』
執筆 太田博太郎,中谷礼仁 他
増補新装カラー版発行 2010.4、美術出版社
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