インバウンドで溢れかえる銀座。
目的地は2つ。HERMES & GUCCI
『SPEKTRUM SPEKTRUM』(Le Forum HERMES)
不可思議な映画を1本、エルメスの10階で鑑賞したあとに、1フロアほど階下に降りてル・フォーラムの展示会。
フォンタナのような切り込みに自然とスマホが向けられて、カステランの作品をファーストショット。
知っている作家がいないわけでもないけれど(←いる)、今回の展覧会はインスタレーションの妙に心を打たれること。
ガラス作品は陶磁器作家・川端健太郎。
茨城県陶芸美術館はもとより、複数個所の陶磁器展で彼の作品に出会っている。
卯辰山工芸工房の作家として、金沢に行けば作品に出会えること必至。
レンゾ・ピアノを背景にした展示が、いつもながらエルメスの真骨頂。
少しだけ見えているローランサンさんは、この展覧会の重鎮のように2作品だけ、大切に飾られていた。
この展覧会。キャプションを読むと、ブリュッセルにあるエルメスフォーラムとの協働で、ベルギーを終えての巡回らしい。
思い出深い国の名が現われると、その時のことに想いを馳せる。
先日観た夢では、ぼくは間違いなくエストニアの地にいた
今回の展覧会でメインテーマとなる鏡は津田道子によって形作られた。
ギャラリー内に何台も浮遊する大型モニターには、鑑賞者の動体が現われて、消えていく。おいらについてもまた同様に。
エルメスを離れ、みずほ銀行前の横断歩道を渡り和光方面へ
イケメン黒服と中国語バイリンガルなチャイニーズに出迎えられてGUCCI祐三銀座。
ちなみにグッチ祐三の芸名はGUCCI所以ではなく、イタリアのバイクメーカーから取られたものという話は日本人なら誰もが知っているエピソード。書くまでもない。(←書く)
『横尾忠則 未完の自画像-私への旅』(GUCCI)
おいらの記憶では2年前か3年前。GUCCI銀座の上階にギャラリーがオープンしている。
ようやく興味深い展覧会がやってきた。即座に予約して突撃←今ここ。
豊島の美術館に行っていたころは、それほどでもなかった。
いや、それよりも前に兵庫のどこかにある彼の美術館に行った時の感想なんて、
「Y字ばかりやな。平均台でもあるまいし」と、つれない感想をどこかにぶつけていただろう。そもそもY字バランスは平均台というよりも床運動なのに。
そんなおいらが横尾忠則、おそるべし。と感じたのは、つい最近。
東京国立博物館で開催された『寒山百得』が切っ掛けだった。
そののちに日曜美術館で何度か見かけるようになって、そしてグッチに至る。
今回の展覧会に合わせて作画された新作・未完の自画像から、
『家族総出演』『赤坂御苑』『未完のMORAL』
『寄り路』『出発』『椅子だらけの自画像』
新作といったって、横尾忠則翁、この6月で89歳を迎えるのだから、もはや妖怪。
女妖怪・草間彌生(96歳)との双璧。
万博行きをあと1ヶ月少しののちに控える自分にとって、『未完の足場』と出会えることは必然だったかもしれない。
GUCCIの屋上施設に新たに設置された『未完の足場(2025)』は、55年前の大阪万博・せんい館へのオマージュであり記念碑的インスタレーション。
『未完の足場』とともに背景に展示された『原子宇宙』は、たとえレプリカであっても、横尾忠則の息遣いを感じる作品となっていた。
レプリカであるがゆえ、もしかしたら予定していなかった豊島行きが、今年の夏に実行されることになるかもしれないのだよしひこ。
奥が深い、深すぎるアート。まだまだ宿題を積み重ねてばかり。旅に出ろ、と自らに鞭を打つ。
黒服のイケメンくんが、恭しく頭を垂れてGUCCI目的ではない鑑賞客に平等のホスピタリティを捧げている。
HERMES、CHANEL、そしてGUCCI.
ギャラリーを持つすべてのラグジャリーブランドの共通点はホスピタリティへの徹底。
たとえ、ノーブラおやじのおいらであっても、おひとり様のゲストとして迎えてくれる。
これもまた、ノブレスオブリージュの一コマなのかもしれない。

『北斗の拳』原哲夫氏、万博ステージで観客どよめく事態 ケンシロウ×ミャクミャクさらっと描く
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8292777
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