今朝の哀しみ。或いは寂しさ。優しさのない人たち。
世間の不寛容な人々は、オリンピアードである者はオリンピック会場で号泣をしてはいけないという。
阿部詩選手のしゃがみ込みに同調し、もらい泣きさえ浮かべていた還暦過ぎのおやじ(←おいら)は、その話題にポカンとなった。なんという寂しい世の中か。
不寛容の容赦ないコメントが、ベテランラジオキャスターからも漏れてきた。
新弟子前。こんな人たちが、同じ口で平和を語るとは、かなり虫唾が走る。
人前号泣を否定するクソ連中が、これまでどれだけの努力をしてきているというのか。
すべてのものに《愛》のないお前たちの情けない顔を、そこの鏡で見てくれよ。
ぼくは池江璃花子選手が病気になった時に、いわゆるSNSコメントで強烈なバッシングしていた人物の一人を知っている。
情けないことに、いまだにビジネスパートナーではあるけれど、数少ない「嫌い」な人。
差別をする人たちに、常に憐れみを捧げたい。”みっともない”の言葉とともに。
一二三兄さん、ありがとう。
《香川D5》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1988083601&owner_id=8666179
いつか真夜中に観た『100生きて死ね』。
少し時間があればフルライトアップも見られるけれど、この日はパープルとオレンジで我慢しよう。
これで5回目となるベネッセアートミュージアム。
可動型の作品『基層26�供戮蓮⊇臘瓦剖�間が広がっている。
そして、奇跡。
これまで展示されていなかったホックニーの大作・小作5点。

「ホックニーは初めて観るのですが、これまで展示されてましたか?」の問いに、

「新規購入で初展示です」の答え。
しかも、2か月前に展示されたばかりで、川崎オスカーの鑑賞を待っていたかのように、その1週間後には撤収が決まっている。
わずか2か月ばかりの展示。
ほかにも、今回で展示を終える作品が11作品を数える。
つまり、来年新規オープンする新美術館への移行含みなのか、或いはそれ以外の理由なのか。
杉本博司でさえ『カンブリア紀』は、これを最期に展示替え。
そののちに展開されるのは、噂によるとベネッセが進めてきた東南アジアアーティスト作品群のコレクション。欧米作品と違って、プライスも桁違いに安いのは、ベネッセの業績とのリンクとみるべきか。
リヒターは『ベティ』がお蔵入り。
門外不出でリヒター展にさえ巡回されることのなかった逸品も、しばしのお別れ。
なぜだかこれは生き残るウルトラセブンとウルトラマン。
右翼の作家・柳幸典「バンザイ・コーナー1996」は健在。
写真撮影は不可

(←川オスを除く)
『Great Criticism: Disney』(王廣義)
資本主義の象徴・ディズニーを共産主義のエッセンスでパロッた作品は、当然ながら中国本土では掲載不可。
香港の近代美術館《M+》は、その後、当局の規制が入ってしまっているのだろうか。
ほんとうに行っておいて良かった、かつての香港。
実はこれがマイベスト・ベネッセミュージアム。
『血縁・大家族 NO.10』(張暁剛)
一人っ子政策へのアンチテーゼ。
家族の顔に貼り付けられた「アカ」のあざは、何を意味しているのだろう。
残念ながら、この作品も今回の展示替えで撤収されたタブローのひとつ。
中国からの観光客が増大し、反共的な作家を展示できないというような、そんな寂しい理由があるとしたら、仕方がないとはいえ、やはり寂しい。そんな理由ではないけれど。
(つづく)
■世界遺産に「北京の中軸線」が選定 天安門事件の舞台「天安門広場」が含まれたことに賛否
(TBS NEWS DIG - 07月27日 22:16)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=7956797
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