パリ滞在3日目。
空港、バス、地上鉄道では聞こえてこない日本語が、市内地下鉄車内にだけは流れてくる。
駅名の案内ではなく「お手荷物に十分注意してください」というアナウンス。
後悔先に立たず。そんな日記
《FRA7》承前
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Bernard Buffet の小さな展覧会があるからと、予定外の4区ギャラリー街《マレ地区》へと出向く
前日、日動画廊パリ支店に出向き、長谷川社長のご令嬢から情報は聞いていた。
ご令嬢は他にもパリ五輪の影響や、ギャラリー事情など、日本人に会えたことの嬉しさを隠すことなく会話に付き合ってくれた。
そうだ、この御礼を日動画廊銀座に伺い、今も元気な長谷川徳七社長に報告してないや


ヴォージュ広場の雰囲気を味わい、ふと訪ねた教会。
《Eglise Saint Paul》
この日、20時30分という遅い時間からチャペルコンサートが開催される。
いただいたフライヤーに見た『VIVALDI』や『PACHELBEL』の文字。
旅のついで。即断して1枚30ユーロのチケットをゲットして、コンサートまでの5時間半を、メトロ移動してパリ市立近代美術館でのアート鑑賞に費やした。
事件は、ふたたび Saint Paul へ向かうメトロ車内で起きた。
9号線Alma-Marceau 駅からFranklin D. Roosevelt 駅へわずか1駅間の車内
目撃者によれば「怪しいと思われる少女3人組」が、満員電車に乗り込むおいらの後ろにつき、同じ車両に乗り込んできたという。
ドアが閉まりRoosevelt 駅までのわずか『1分』。
おいらの左ケツがモゾモゾして気持ちが良い。
”嗚呼、痴漢されるってこんな感覚なのか

”
そんな思いとパラレルに、”ケツポッケは大丈夫かな”と、パリ地下鉄のスリ被害の多さに気がつき、手を左後ろポケットに回すと、何の感触も感じない。
”やられた

”
その時、自分の右手は か細い腕 に触れていた
満員電車ではあったが、空間が生まれる。おいらが後ろを向き、移民系少女ににらみを利かし、持っていた袋を掴む。偶然ではあったけれど、おいらの石頭が彼女にヘッドバットを喰らわせていた。
言葉は通じないが、迫力だけは通じたようだ。
おでこを抑えながら「私は知らない」と懇願する少女。
左手にいた見張りを務める少女が「床に落ちてるよ」のハンドサイン。
スリを働いた少女が財布をあきらめて満員の床に投げ捨てたようだ。
手探りで床を探し、財布に触れる。そして拾い、手元に戻ってきた。
この瞬間。日本人の自分が少女に喰らわせたヘッドバットに対し、乗客の誰かがおいらに対して攻撃や口撃をしてくるのではないかという恐怖感が刹那的に宿る。
しかし、周りからの視線は日本人の被害者に対する「財布の中を確認しろ」とのコーションの声と仕草。
日本円にして3万円ほどの紙幣は無事で、被害はなかったようだ。
ここでメトロは Franklin D. Roosevelt 駅 へと到着。まるで何ごともなかったかのように、少女3人が逃げるように下車してEXITへと駆けていった。
乗り換え駅でもあり、スリ被害未遂者でもあるおいらは、呆然とした気持ちで駅のベンチに座る。
おいらの前にいつの間にか2人の女性教師が立っていた。
分かりやすい英語で伝えてくれた日本人おやじ(←おいら)へのアドバイス。
財布を尻ポケットに入れてはいけない。バッグに入れて、しっかりと前に持つ。スリは複数人で狙いを定めて抜き取って去っていく。とにかく、大事な荷物は前で持たないとダメだ。云々。
ありがたかった。そして、情けなかった。
日本で見るオレオレ詐欺のニュースは、どこか「被害者がアホだからじゃん」のような意識を持っていたし、フランスに多いスリなんて、自分には関係ないものと信じ切っていた。
常日頃、長財布を尻ポケットに入れて日本国内を旅してまわっている。
海外に出た時だけ、2つ折り財布にして、それでも使い慣れている尻ポケットにボタンを掛けて安心しきっていた。
今回はボタンすら掛けていない。
”どうぞ、取ってください”という広告塔のような日本人。
あの少女たちが、もし手際よく、到着駅間際にスリを企てていたら、100%気がつかれないまま3万円を喪っている。
金銭的なリスクヘッジとして、財布を分離して持っているので、旅行の進行には問題ない。
それよりも最大にショックだったのは、ヘッドバットを喰らわせた彼女の瞳を、まともに見てしまったこと。生きていないのだ。まるで死んだ魚のような瞳。
ペルーに行った時に、スラムの海岸で出会ったグッバイボーイの瞳がやはりこうだった。
彼の手にしたお菓子を買ってあげようとしたら、現地の子に「それはやってはダメ

」と止められた。わずか50円でも100円でも渡してはダメだと。
理由を聞いた。
《彼はそのあと、きっと次々に友だちを連れてきてあなたにまとわりつく。
やがて、彼の親もあなたを頼ってくるだろう。
地元のことは地元に任せておきなさい。旅行者がやることではない。》
ため息が出た。
そう、ちょうど、この時のような気分になっていた。
自分が、地下鉄車内で流れる日本語の注意を疎んじて、隙を作ったからこそ、彼女たちの犯行へと繋がってしまった、という自分自身の責任論。
「あなたが責任を感じても、感じなくても、彼女たちはまた同じように犯行を繰り返す」
確かにそうかもしれないけれど、例えば、日本人旅行客が誰ひとりスキを作らずに、スリの機会を皆無にすれば、彼女たちのスリをする機会は起こらない。つまり、犯罪者には成り得ない。そんな寂しい自己嫌悪に陥ったメトロステーションのベンチ。
…この時から財布はジャンバーの前ポケットへ仕舞い、尻ポケットには何もいれなくなった。クセの修正は不便だけれど、今でもなお、今回の被害は自己責任によるものだと反省が先に立つ。
帰国の日。
投宿ホテルの乗降駅至近のマドレーヌ寺院にて、十字架の前で手を合わせ《彼女たちを赦したまえ》と願う。
ポケットに入っていたすべてのコインをドネーションに捧げての献灯
彼女たちを赦したまえ。
(つづく)
■報道の自由度 日本は70位 G7で最低
(TBS NEWS DIG - 05月04日 13:16)
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