ラグビーワールドカップが終焉し、その悲しみに息を止めるように暮らしていた。
そうだ、旅に出よう
《京都4》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986087052&owner_id=8666179
投宿したホテルで頒布されていた御朱印帳がとっても素敵だった。
イメージは花札の八月二十札
フロントマン曰く、「ホテルから見える大文字焼きの山をモチーフにして、この花札の図柄になった

」
果たして真実かどうか。月のウサギだけが知っている。
せっかくの京都紀行。神社へ行かなければ京都じゃない。
《今宮神社》
初奉拝。神社の格はもとより、ここへやってくる目的は『あぶりもち』が筆頭。
タクシーの運転手さんでさえ「京都に住んでいるから、もう寺院は行かないけど、ここのあぶり餅だけは食べにくる

」と絶賛。
向かい合ったライバル店。朝10時の店開けに、元気のいいおねえさんの呼び声に釣られてて右へと向かう。
生牡蠣が出てきたのか思った
二つに割れた竹ひごに小さなお餅が7つで一人前。なるほど、美味い。
伊勢神宮の赤福、川崎大師のくず餅。そんな感じかな。
近くに見つけた山の上の神社。寄り道していこう
《建勲神社》
宮司さんがとっても明るくて、お詣りよりも長い時間トークに費やした。

「熊本にありますよね?」

「それは健軍神社。うちは、けんくん神社で濁らない。よく間違えて電話くれる人もいるよ」
快晴の京都

とても居心地がいい。
《三千院》
そして、今回の京都行、最大の目的地。
果たして自分(←おいら)は、修学旅行で「京都大原三千院」に訪れているのだろうか。
永六輔の詩だけが記憶に残る三千院。
寺前の街道も、苔にあふれた庭園も、全く記憶にない。
ということは、川オス中学生、やはり大原まで来ることはなかったか。
四条からでも40分ほどはかかる比叡山への向う道。
令和・平成の修学旅行生たちは、タクシーを利用して観光しているようだから、ここまでの遠路を選択するグループはかなり少ないようだ。と、誰かが言っていた。
その証拠に、この日に出会った修学旅行生は1グループのみ。ようこそ、大原へ。
苔寺よりも贅沢な広さをもって、視界はモスグリーンにあふれている。
観光地であった名残に違いない。順路通りに進んでいけば、誰も彼もが三千院一周に成功する。
《寂光院》
三千院とセットだからと思っていたが、それほどの混雑もなく参拝ができた。
歌舞伎ファンなら必見。建礼門院、蟄居の地。
インバウンドに溢れた四条界隈に比べるのも失礼なほど、静謐で優しさの感じる奥京都。
なるほど、こんな味わいがあるものなのか
寺内の記事を読んで思い出したけれど、そういえば、この寺院は平成の中頃に放火にあって国宝が灰燼と化した地。しっかりとバチが当たってくれたのか、一体、どんな生き方をすると寺に火を放つ人間になるのやら。
明治神宮の神木を伐採する連中と、寺に放火する男。大して変わるものではないけれど。
これで東西南の京都に、ほぼ足跡をつけた
次の目標は京丹後、そして間人。
来年の春が過ぎれば、きっとその目標も叶うに違いない。
■「愛さえあれば」は昭和の結婚観 平成世代との違いくっきり
(まいどなニュース - 10月07日 11:20)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=7589438
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