ART FAIR TOKYOに時を合わせて六本木や表参道、天王洲のギャラリーの多くで力の入った企画展が開催されている。
いくつかいただいたインビテーションの中で、万難を排して駆けつけたピラミデ
『ながくとも四十に足らぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ』(KOTARO NUKAGA 六本木)
Tomokazu Matsuyama と Carlos Rolon のキュレーションで招かれた9名のアーチスト作品。
『Home Salvation Toner』(松山智一)
254*152.4 の作品はプライス3400万円+α。しかも、これが申込多数で抽選販売になっている。当たるだろうか。(←当たらない)
2021年5月以来、2年振りに先生との2度目の再会を果たし、昨夏にブルックリンのスタッフ展

や、バワリー・ミューラルを訪ねたことを伝えることができた
先生は奥さまに関する知識も豊富で話題が絶えない。すこぶる光る記憶の宝石箱
『Discoverry in the New World ��+�掘戞�Carlos Rolon)
同じく来廊予定だったカルロス先生は、KOTARO オーナー曰く、

「ラテン系なんで時間守らないんですよ。この前も…」
なるほど、プエルトリコ。「集合時間」イコール「家を出る時間」がラテンタイム。
それでも30分遅れでやってきた。
『(To Be Titled)』(Sayre Gomez)
この作品をつぶさに鑑賞していると、スタッフのうじきつよしさんが近づいてきて解説を加えてくれた。

「日本のビックリマンチョコシールみたいのがアメリカにもあって、そのキャラクターが題材」
真剣に話を伺う姿勢がうじきの琴線に触れたのか、別の写真作品もドイツ語を交えてガイダンスを施してくれた。ギャラリーのスタッフであろうに、一切の営業トークがない。
もろちん、営業されても手を出さないけれど

「みなさんの会話の端端にGAGAが出てくるんですけど…」とのクエスチョンに、意を得たりとばかり館外正面ケースに招かれる。

「Marilyn Minter の作品『I C Gaga』です。今回のタイトルのコンセプトでもあるように、「美しさ」とはそれそのものではなく、相対するものとの相対性。もしくは、相対するものを内包するようにして顕われるものにしているのです。美しいといわれるGAGAを、わざと歪めることにより、醜さとの相対性を表現しようとしています」
解説がかなり高尚なのだ。これは、相手(←おいら)を観ての判断だろうか。
『Food Porn #60』

「これも同じ作家さんの作品で、食物をいただく美味しさと、対極の汚らしさを表現したものなんです」

「スタッフさんなのに、トークがプレゼンではなくてアカデミックですね」

「実はスタッフではなくて、京都芸術大学院生です。額賀オーナーから依頼されて手伝っているんです」なるほど、IQ高め。
コンシェルジュのおねえさんたちとブロンディ談議に嵩じていると、再び、うじき先生がやってくる。
『ながくとも四十に足らぬほどにて死なんこそめやすかるべけれ』
この意味をどうしても聞いて欲しかったようなので、ご教授いただこう。

「『徒然草第7段。つまり、”死ぬことがないならば、人生の深い感動は生まれてくるはずもない。やはり、人間の命ははかないほうが断然いい”。そんな意味になります。”生きる”ということの”美しさ”を”死”というものとの相対性から導き出しているんですね

」
『Die Young, Stay Pretty』

「そして、徒然草第7段『あだし野の露』を英語解釈してみると、Blondie のチューンタイトルにインスピレーションがフィットしたんですね

」
彼(うじき)との出会いが、自分の人生に貴重なものとなりそうな予感。
この作品を一目見ただけで桑田卓郎と判断できる鑑賞眼
そして、その作家さんを捕まえることができた。

「KAMUでチョコミント観てきました

」

「ありがとうございます

」
記憶の宝石箱から繰り出した両足院の話題から、さらに深彫りを続けて、京都間人や多治見タイルミュージアムにまで及んでいく。桑田先生も驚くほどの親近感。いつもながら、見事なものだ。

「またどこかで会えそうですね

」
そんな締めの言葉をいただいて、レセプションの1時間が過ぎ去っていった。
万難を排した成果は多大だった。アートは常に深い。
■来たぞわれらのウルトラセブン ドローン500機、神戸の夜空に
(朝日新聞デジタル - 03月11日 22:35)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=7333226
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