次回の海外tripenart のために金沢の大型書店で、目指すスポットの『地球の歩き方2022-23』を探してみたが、どうやら発刊されてないらしい。
『るるぶ』は出ていたけれど、その華やかな装丁がなんとなく自分にはそぐわない。
コロナくんがあふれていた3年間、それでもよくぞ持ちこたえてくれた『地球の歩き方』

…さて、どうしたものだろう。2020‐21で良いのだろうか。
『東京』や『埼玉』には手が伸びないけれど、ライフワークの『建物編』が出たら、きっと御朱印帳とともに持ち歩く
仕事(自称)ついでに寄り道して『生田教会』
一度目は裏手から覗いただけで、今回は二度目。残念ながら教会の扉は閉じられていたけれど、西沢立衛の魅力は伝わってきた。次回、日曜礼拝に行ってみるか(←みない)
建築の先生からご教授を受けた『名建築で昼食を』
一度だけ、フライトサービスのビデオで見た記憶があるけれど、エライザがどこを彷徨っていたかの記憶はない。
動画配信を観るのが苦手なのでサブスクリプションにも手を出してはいないけれど、「U-NEXTの30日サービス」を紹介してもらって、戸惑いながらログインにたどり着く。
明日のトモローがガイド役で、おれはエライザが建物初心者という役回り。
初回から感動と驚き
すでに最終回まで鑑賞を終えて、サブスクも無料期間を終えてあっさりと退会
お陰様で、令和5年春の行動パターンの一つが『名建築でさんぽを

』に決定した。但し、鼻水を垂らしながら
《名建築でさんぽを

》
初回に紹介されていた(と思っていた)スポットがここ
《アテネフランセ東京》
おそらく映画美少年だった中学時代か高校時代。きっと、ここの4階の映写室で生意気に(鼻水を垂らしながら)フランス映画を1本か2本、観ていたはずだ。
アテネフランセの坂を登った思い出が、この日に蘇ってきた。
ついでに生意気な映画美少年だった川崎オスカー少年は、千石まで足を延ばして《三百人劇場》で、もっと難しい映画にチャレンジしていたはず。
その理由は全く覚えていないが、尊父に当時の鑑賞記録を廃棄され、どんな作品をいつ見たのか、しっかりした記録が1文字もない。
捨てられてしまったのは、映画鑑賞ノートと4桁に近い数百枚のチラシ。
尊父に感謝はあれど、恨みは一切ない。タイムマシンがあるなら、その当時に戻って、その理由を確かめたい。
予約した映画が始まるまでに、名建築を堪能する。
坂倉準三作品。
確か『名建築で昼食を』の初回で、トモローがエライザにそう教えていた。
番組内でインパクトを与えていた螺旋階段。その割にはそれほどの螺旋じゃない
とはいえ、館内の意匠はとても心地よく、モダニズム作家の主張を見て取れる。
さすがはコルビュジェの弟子。
さて、記憶に明らかな教室内にも足を踏み入れてみよう
あれれ
地下食堂も教室も番組で見たものと違う風景が、おいらの視線に捉えている。
トモローとエライザは、こんな味気ない地下食でランチを食べてはいなかったぞ。
しかも、ローマ字が並べられた特色ある教室が見当たらない。
階段の踊り場に《アテネフランセ》の設計者が紹介されていた。
吉阪隆正(1917-1980)。
誰やねん。
坂倉準三(1901-1969)と同じコルビュジェ(1887-1965)門下生。
作品には個人住宅建築が多く、たまたま立山旅行の際に公共的な設計作品である黒部平駅・大観峰駅へ訪れたことはあるけれど、建物巡りの目標となった場所はない。
とはいえ、彼を師事したものからは現役名匠・内藤廣(1950-)を輩出させているのだから、その評価は高い。
ちなみにコルビュジェには日本人3人の弟子がいた。
残りの一人が前川國男(1905-1986)。そんなことまでトモローは教えてくれた。
で、結局は『名建築で昼食を』の第1回放送だと思っていた《アテネフランセ》は大間違いであることが判明する。つまり、合ってねぇ。
珍しい映画を観られたからいいけれど
『名建築でさんぽを』…前途多難か前途有望か

「地球の歩き方」から『世界のすごい墓』登場 194のすごい墓と霊廟、旅の雑学が1冊に
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=7321812
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