『ニューヨークへ行きたいか〜

』(←行きたい)
福留が引退するからとの連絡を受けて、ナゴヤドームへ行ってきた。
いつぞやの桑田佳祐ライブ以来、2回目。バンテリンになってからは初見参。
自分にとっての福留を語るには、一体、どれほどの時間が必要か分からない。
答えは0秒。ちっとも知らないのだから。
ワイフさんからのミニレクチャー→『巨人にも居たよね』を信じて、巨人の4番打者だった時代を思い起こしていたぐらい、何一つ分かっちゃいない。
たまたま買ったナゴヤドームの巨人戦が、たまたま引退試合になってしまっただけのこと。またしても神がかり
6位と3位の決戦が満席売り切れになる理由など、他にはない。
ゲームの方は中日先発の誰かが1イニング30分を要するダラダラ投球でお茶を濁し、せっかく2番手の誰かが立て直したものの、一球一球、巨人の星のルーティンを繰り返す3番手祖父江が完全にゲームをぶち壊し、試合の興味はいつ福留がコールされるのか、それ一点。
8回裏。中日ベンチ前に背番号「9」の福留が現われてキャッチボールを開始する。
3対9。誰ひとり席を立たずに、3時間を超えるクソゲームに耐えるナゴヤドーム100万人の観客の目が一斉に1塁側に注がれた
誰ひとり、ゲームなんかみちゃいない。
そもそも、今の時間に帰路についても、名古屋の天空には線状降水帯が走り、1時間500�个曚匹旅覬�なう
ドームの中の連中(含む、川オス)は、そんな台風が来ていることすら気づいていない快適な室内環境。
9回表。
PL学園の先輩、X監督(監督の名前も知らない)からのコールによって、ライト・福留がグラウンドに走っていく
106メートルにも広がるビジョンに映る福留孝介の功績。
これで、ようやく彼が中日→大リーガー→阪神→中日という経歴を知った。
背番号9

は、きっと中日時代の背番号「1」と阪神時代の「8」を足して「9」にして中日に出戻りしたのだろう。知らんけど。
守備機会はゼロ。
9回裏。
左打席に立った福留は、巨人の誰かの力ない投球にバットが遅れ、セカンド内野フライで24年間の現役生活に幕を下ろした。
続くバッターもあえなく打ち取られ、試合時間3時間32分にも及ぶクソゲームがセットとなった。
誰ひとり、そんなのどうでもいい状態で、このあとに用意された引退セレモニーをシートで静かに待つ。
ドームのライトが消えて、スポットライトがマウンド下に当たる。
すでに涙にぬれた福留がスタンドマイクの前に立つ。
『ニューヨークへ行きたいか〜

』
この日、初めて知ったのは、彼がシカゴ・カブスの大リーガーだったこと。
4年契約の報酬は50億円也。
すごい人じゃんね。
多くの人からの花束贈呈や胴上げと記念写真。
そして、子どもたちからも花束を受けて、球場全体が泣いた
プロ野球選手の引退セレモニーに立ち会うのは人生初めてかもしれない。
そもそも、ゲーム進行のゆるやかな野球を観戦することすら、あまり得意じゃないけれど、時計の針が22時を超えてもなお、福留孝介のラストシーンを見届けることに、何ひとつの苦痛も得なかった。
最下位中日ファンとごく少数の巨人ファン。いい時間が過ぎて行った。
福留孝介のグラウンド1周まで付き合うには、就寝時間が度を越えている。
22時10分、ドームを出るころには線状降水帯は豊橋あたりをうろついていたようで、いつも通りの傘いらず。
名古屋にいながらにして、台風による影響ゼロ。晴れ男、健在。
(つづく)
■中日・福留孝介が引退試合で涙の別れ「僕は本当に幸せものです」
(ベースボールキング - 09月23日 23:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=212&from=diary&id=7122299
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