鎌倉長谷寺から紫陽花の花具合が届く
我が家の方は6分咲き
あと、ふた雨も来れば満開の便り。
庭に宿る枇杷の木に鈴なりの実がついてきた
子どものころはイチジクだったはずなのに、いつの間にかビワの実がなる木になった。
母に確認してみると、

イチジクはだいぶ前に枯れてしまったよ。ビワの木はあんた(←おいら)の娘の誰かが給食で食べてきたビワのタネを庭に埋めたら、こんなに成長してきた」が真相。
一昨年、植木屋が枝に細工をしたら、去年から実をつけるようになって、今年は豊年満作。そんな歴史。
『枇杷の木は庭に植えるな』の箴言は、10mも伸びていくスマートなビワの木のこと。
3mで成長を止める我がビワには、幸せが宿っている
町田へと日帰り遠足
『彫刻刀が刻む戦後日本』(町田市立国際版画美術館)
読売新聞に掲載されていた興味深い戦中の反戦ポスター。
それとともに、昨年所蔵された奈良美智に出逢えたらと、いざ3度目の町田国際。
読売新聞推奨のくせに、プロバガンダな的な戦後版画運動」と「教育版画運動」の2つの民衆版画運動を紹介。
いささか左翼系につき、お腹いっぱい感で満たされた。
快晴の日曜日。隣接する公園へ入る車で駐車場には列ができている。
この際、関係者駐車場に黒マーチを止めて、警備員さんにひと言ふた言。
その抗弁の材料に使わせていただいた伊吹文明作品『ボン』
最後の展示室に掛けられていたこの作品がマイベスト。
ちなみに奈良美智作品は、企画展の終了とともに収蔵庫へと隠されていた。
《母智丘神社》
日帰りであろうとも、できる限り旅の安寧を願い神殿に頭を垂れる。
庭につながれた柴犬・ムクちゃんが尻尾を振って近づいてきた。
おいらが人生一番初めに仲良くなった飼い犬がムクだった
小学6年生のときに亡くして、彼の骨は我が家の床下に埋まっている。
《武相荘》
読み方は「ぶそうそう」ではなく「ぶあいそう」。杉本博司なみのダジャレセンスはあれだが、昭和の数寄者・白洲次郎、正子夫妻の旧邸宅
曰く《カントリージェントルマン》。
戦時中にあっても高級外車を乗り回し、東京町田の大邸宅で優雅に暮らす。
平成の世であれば、さしずめ細川護熙あたりの立ち位置だろうか。
そんな細川護熙は銀座ポーラミュージアムアネックスで自身の個展を開催中。観に行ってみようかな
■<子どもには秘密>「大人になればわかるよ」と言われた幼少期。大人になって実際にわかったことは何?
(ママスタジアム - 06月05日 15:21)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=176&from=diary&id=6983932
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