2018年3月に開館した池口史子・堺屋太一夫婦の私設美術館《美術愛住館》。
惜しくも翌年2月、堺屋太一が逝去すると、画家でもある池口史子女史は2019年12月に母校となる東京芸術大学へ、美術館そのものを寄贈する

ボクにくれれば良かったのに。
私設時代に1度、そして今回、国有となって初めて訪れた《堺屋太一記念 東京芸術大学 美術愛住館》←長い。
『野見山暁治展-100年を超えて-』
昨年1月、『100歳記念 すごいぞ!野見山暁治のいま』を高島屋で鑑賞してから、かなり頻繁に野見山画伯の作品に出会うようになった。
昨年が香月泰男生誕110周年で、今年は松本竣介生誕110周年。そして、野見山画伯は現在101歳で現役。
美術館のスタッフによると「歯医者に行った帰りに美術館に寄ってくれます」とのこと。
元気だし、いまだに歯を治しているらしい。
開館時間からわずか20分ほどでもあり、館内は快適なほど空いていて、100歳から101歳に掛けて作画した新作15枚をたっぷりと余裕綽綽に鑑賞できる。
『みんなウソ』(100歳)
彼の作品の太宗は抽象画。故に、解釈はすべて鑑賞者に委ねられる。
感性は十人十色。例えば、何かしらのメッセージ性ある下書きをしたけれど、みんなウソなんだと一気に赤の大画面で塗りつぶす。この時期は、おそらくクソコロナ情報が飛び交っていたころ。みんなウソだったんだね。
『季節はずれ』(101歳)
浮かんできたのはアリスの楽曲

季節外れのミストレル
画面には強風が吹き荒れる。
こんな抽象画を見ながら、頭の中に「君のひとみは10000ボルト」なんて歌っていた。
『遠かった日』(101歳)
この解釈には自信があった。
野見山画伯は幼少時、飯塚の炭鉱村にいたのだから、きっと「ぼた山」と「遠賀・芦屋」辺りや響灘を描いているはずだ。
スタッフに尋ねてみると、

「抽象画なので人それぞれの解釈なのですが、野見山先生は”見てきたものしか書かない”とは言ってました。だから、この絵はぼた山に寝そべって青空を見ているのかなと」
海の青ではなく、空の青。川オス、ハズレである。
スタッフはもとより、美術館にやってくる人たちのインテリ圧が凄い。
すべての鑑賞客が東京芸術大学の卒業生に見えるほど、落ち着き払って大作を鑑賞している。
一人のおじいさんが美術館に飛び込んできた。

「ふ〜、疲れた。野見山の後輩で、弟さんと一緒に山登りしていたんだ。甲府から今日、やってきた。疲れたから休ませてくれ…」そんなことを息を切らしながらしゃべって、スタッフの持ってきたパイプ椅子に腰かけた。展示室の入口にて。
話し掛けるとその100倍は帰ってきそうな感じだったので、珍しく能動的な話し掛けは遠慮しておいた。
この日、まだまだアート鑑賞が続くので
『なにを隠そう』(101歳)
フライヤーのシンボルアート。
一体、なにを隠しているのだろう。
右からも左からも、そして遠近。その答えは結局、見つからなかった。
こんな鑑賞の仕方がとても楽しい。

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