ノーパンでいい。
『ああ青春』(1962:藤野天光/千葉県立美術館)

アートレビュー
《ポーラ美術館コレクション展 甘美なるフランス》(Bunkamuraミュージアム)
印象派好きの日本人ならでは。土日祝は全回予約満席の成功開催だったようだ。
最終日最終回に間に合ってチラッと覗いてきた。
結論は「ポーラに行けるなら必要なし

」
入口早々で警備員さんと中年ご夫婦が何やらもめている。
展示作品はポーラからの借り物であり、館内すべての作品は写真撮影禁止。
ところが、このアイキャッチなプレートまで撮影禁止で、それを撮影した中年婦人に「スマホの写真を消せ」と、上から目線で警備員が命じたらしい。
婦人を守るのは旦那の役目。「その言い方はなんだ」みたいな←今ここ。
そこで、おいらが堂々とスマホを出して、このプレートごときをパチリとシャッター音。
さぁ、やってこい、警備員。
くだらないルールである。そもそも意味も理論もない。
中年旦那さんとアイコンタクトでニヤリ。それを見た警備員も言葉を失くして、何事もなかったかのように定位置に戻っていった。
アートに愛情がないのか、或いは職務に忠実なのか。
館内撮影禁止とのルールだけをデジタル的に理解して、これから作品群を愉しもうとする観客の(たいしたことではない)振る舞いに大上段で構えている。
こんなミュージアム、きっとダメだ。愛がない。
ポーラに行けば自己所有作品だから、撮影し放題。Bunkamuraに用はない。
展示形態も雑であり、キャプションもなく、ただ印象派を好きな人たちがくればいいという無案主張。
冒頭からモネとルノアールを並べ、無為な渋滞を招き、次なるはピサロへと戻っていく。
さらにセザンヌが展示され、その次はポスト印象派と、まるでタイムマシンで行ったり来たり。ゲロを吐きそうだ。(←吐かない)
グダグダな展示はさらに続く。
ボナールでいきなり第二次世界大戦時中に飛び込み、マティスで第一次世界大戦時代に戻される。そしてピカソ。
まるで本屋さん。
今では本屋さんでさえ、幅允孝氏のようなブックディレクターが、それぞれの書籍を作品として取り扱い、並べ方に工夫を加えているというのに。
ポーラから借りてきた貴重な印象派付近の作品群を「こんなもんで十分でしょ」みたいなキュレーター。あまり出来はよろしくない。
例えば、東京都美術館のゴッホ展。
B1フロアはゴッホではないコレクションで、やってくる馴れない観客の行列疲れを誘い、1Fに上がるとゴッホのデッサン群で馴れない観客の飽きを誘う。
いよいよ2Fメインの油彩にたどり着くころには、ひやかしな観客はほぼ整理されて、ゆったりと鑑賞したい人たちにゆとりある環境を与えていた。
それでいて、ゴッホの歴史はしっかりと捕捉されている。これがキュレーターの力。
友人が文化村に行くというので、与えておいたサジェスチョン。

「展示順に意味はないから、込んでいるスタートを避けて、ゴールから逆回りしたほうがいい

」

「朝イチ入館。逆回りのお陰様でマティスまで貸切で見られたよ

」
とはいえ、秀作揃いのポーラコレクション
川オスベストチョイス。
『オペラ座の人々』(シャガール)
『婦人たち』(マリーロランサンさん)
『オーセールの橋』(シニャック)
ゴッホは1枚のみで『アザミの花』は不在。
スーラもポーラでお休み中。
『パリ』(デュフィ)
ポーラと云えば、実はこれ。
どうせ時代感のない展示をしているのならば、これこそ、ファースト・エキジビションに置いてしかるべき作品なのに。
美術館は展示される作品の質ともに、建物も共有して鑑賞することで感動は倍旧する。
明日、ポーラに行こうかな。(←行かない)
■男性パンツの「窓」は絶滅危惧種!? 40代「前開き使わず用を足す」が47%「開いてる意味が分からない」の声も
(まいどなニュース - 12月01日 11:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=6760435
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