小池語録。
4月「花見は我慢してください

」
5月「新緑の美しい季節ですが外に出ないでください

」
6月「梅雨に濡れるとコロナにかかりやすいので家にいてください

」
7月「いよいよオリンピックの開催です

笑笑」
《栃木2》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979208295&owner_id=8666179
日光東照宮 ★1
新緑に輝く林道、土曜日の午前10時。
前方の東照宮鳥居前に見える数人の観光客を除けば、若鳥のさえずりがこだまして、長閑な情景に心を安らげる。
これまでの人生で日光詣りはきっと4回。
小さなときに家族とやってきて、小学6年生になると遠足にやってきた。
ほかに誰かと2回ほど。多分、それぐらい。
遠足のときは「車酔いに強い」に手を上げて、車酔いに弱い女子に前方の座席を変わってあげたけれど、帰りのいろは坂で見事にやられ、駅前の食堂でまずいカレーを食いながらゲロを吐いた
なので、日光にはゲロカレーの思い出だけが付きまとう
自分でハンドルを握るようになると、いろは坂もなんのことはないが、果たして助手席についていた彼女たち(自称)は、大丈夫だったのだろうか。それもまた、ひと昔前の話。
今回は独り旅。華厳の滝や中尊寺は目的にせず、世界遺産社寺3社だけを回る
鳥居に一礼を施して、東照宮の境内へ。
前を行くカップルが、今日の決まり言葉のように「空いているね」を繰り返す。
煌びやかな山門がもてはやされてはいるが、当時は参勤交代によって、近年はインバウンドたちによってもたらされた虎の子で、かような輝きを維持している
定番の三猿や眠り猫。『伝左甚五郎』は、つまり甚五郎にあらず。
輪王寺もそうであったが、東照宮も「セット鑑賞券」なるチケットを買ってあるので、どこでもフリーパス。
その勢いで200段の階段を走り抜け(←歩いた←息を切らして)奥宮までたどり着く。
久能山にも建立されていた霊廟の主は北大路欣也。
否、徳川家康公。おじいさん孝行の家光の為せる業。
さて、違和感を覚えたのは本殿に入ってからのこと。
参拝にやってくる個人客10人ほどが揃ったところで、石の間前の拝殿に着座させ、担当する若い僧が本殿や石の間のガイドをしてくれる。ここまでは善き哉。
終盤にかけて、柱にぶら下げられた4色の匂い袋を差し出し語り始めた。

「この中には日光山で育った杉の皮が、ありがたいお守りとして入れられて、当拝殿で祈祷を済ませた匂い袋です…云々」
値段も忘れたが、参拝記念に買うといいことあるよのセールストーク。
徳川家にとって神聖なはずの、こんな場所で話すことか。
まるで、中国人ツアーガイドのようないやらしさ。
石の間でしっかりと家康公に祈りを捧げ、次なるは『鳴き龍』を聴きに薬師堂。
遠足の時には自分たちで柏手を打っていたかと思っていたが、どうやらそれは誤解。
ガイドを務める坊さんが「寺では柏手は打たない、拍子木を叩くので龍の鳴き声を聞くがいい

」「カシッン

」(←拍子木)「シュワオンッ」(←龍)
龍の余韻に浸っていると、坊主が参拝客へ語りだす。

「前方にはそれぞれ干支を祀った彫像が皆さまを待っています。各人、干支の前でお祈りを捧げていただき、出口には干支それぞれのお守りを用意していますので、どうぞお買い求めくださいませ」
なんやねん、ここは。新興宗教の壺売りか?
まるで、中国人ツアーガイドのようないやらしさ。
少し違和感を持ちながら、東照宮を離れ、輪王寺金堂で三仏を拝んで帰ろう。
金堂に入ると、やはり正面に参拝客10人程度の客だまり。
そして、また別の若憎がマイクを持ってガイドを開始した。
三体の大仏が持つそれぞれの意味や、日本最大級の木造本堂の自慢。
そして、始まったセールストーク。

「ここに用意してあるのは、毎朝、当寺の住職が祈祷を果たして書き上げたありがたい御札です。1体1,000円…」
まるで、中国人ツアーガイドのようないやらしさ。
聴くに及ばず、団体から離れ、仏像見学へと歩を進めた。
もはや、日光は拝金主義にまみれたヘナチョコ宗教団体に成り果てたようだ。
金堂を一人でて、護摩堂が終点。
ここにも20人程度の観光客が、軒を連ねた売店前で修行僧のトークを聞いている。
お題は「数珠の使い方」。
曰く、

「数珠の持ち方は宗派によってかなり異なりますが、葬儀場の入口(結界)とご焼香の時の持ち方は、おおかたこのようになります」
なかなかタメになる。

「ところで、皆さんはガラスや翡翠、水晶などの数珠を持たれていますでしょうか。今は、葬儀場もうるさくなり、そんな数珠を棺桶に入れることができません。また、形見分けの数珠を使っている方もいるかと思いますが、数珠は1人1つの一生ものと言われています。頂き物の数珠は、どうぞもう処分してしまってください」
そんな言われ、聞いたこともない。

「こちらに、日光杉で細工した木玉の数珠がございます。わたくし共では、祈祷を念じてからお与えするので『お念珠』と呼びますが、このようなお念珠であれば、一生ものとして自分のものにできますし、野辺送りの際には棺桶に入れることも可能です」
おいおい、これで4連荘だ。フィーバーだ。
こんな聞いたこともない迷信を世界遺産の土地で語られ、考えのないじいさんばあさん、おじさん、おばさんたちが、我も我もと日光杉のお念珠を買いあさる。
そういえば、自分自身、聖地に立つと必ず感じることのできる『気』。
二荒山神社では感じられた『気』を、東照宮でも輪王寺でも一切、感じることができなかった。
終始、我が身に差していたのは『嫌気(いやけ)』。
これまで600柱近くの寺社仏閣を参拝してきたが、正直、これほどまでに情けない拝金寺は初めてである。
因みに、ゼニ金目当ての寺社ワースト3を挙げておこう。

万松寺(愛知)
寺というより御朱印帳ショップ。ワースト3位とはいいながら肩を持つとすれば、クソコロナ禍で内定を取り消され就職口を失ったデザイナー志望の新卒生を多く雇用し、僧侶修業のかたわらに御朱印のデザイナーとして育てている。
そんな知恵のあるお寺さん、嫌いではない。

金吾龍神社(新宿)
御朱印マニアにとってみれば、ゼニ失いの墓場ともいわれている。
マンションの一室に「神社」を構え、詐欺的商法で様々な宗教グッズを販売中。
ここに関しての裏話もあるが、それはまた別の話。
つまり2位も3位も愛嬌のある拝金主義。

東照宮・輪王寺(栃木)
寺社ガイドがボランティアの振る舞いで、お守りを売りつける。
特に数珠に至っては、形見としてお持ちなら捨ててしまえとまで言い切る無礼者。
思いを受け継いだ先祖からの数珠。代々継がれるにあたっては、中糸を入れ替えて代々使う佳き風習さえある。
クソ坊主崩れのクソガイドを聞きながら、怒鳴りつけてやろうかと思ったぐらいの『仏の川オス』(←おいら)が長文上等。
彼らの顔つきは、まるでオレオレ詐欺の営業マンに化していた。
もはや洗脳による壺や健康食品商法となんら変わりがない。
新興宗教お得意の拝金主義。オウムと同等。
ここが世界遺産として、インバウンドたちがえげつなく食い物にされるとならば、極めて恥ずかしい。
バチが当たるなら、きっと彼らに当たるだろう。何なら、護摩堂が大火に消えるもよし。
旅人にウソをついての何が功徳か。苦毒を味わう輪王寺であれ。
天台宗管理とはいえ、実質は宗派ひとつない他人様の墓地に来て、ディスりまくるのも気が引ける。徳川家と北大路欣也の名が廃る。
不肖・川オスは東照宮と輪王寺に働く守銭奴たちにこの言葉を捧げたい。
《及ばざるは過ぎたるに勝れり》
記念御朱印と疫病除け御朱印。作るバカに、それを買うバカ(←おいら)。
日光はもう結構
深紅の神橋すら、みじめな金色に見えてきた。
もちろん、渡るためにはカネが必要だ
結構な拝金ぐ。二度と来ない。
廃墟と化したJR日光駅前、そして貸切の日光線
すでに思いは離れ、このあとにやってくる栃木の楽園が待ち遠しい。
日記《栃木3〜栃木5》は素晴らしい観光だったのだから。
■奄美・沖縄、世界自然遺産に登録へ 生物独自進化の島々
(朝日新聞デジタル - 05月10日 18:35)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6512639
ログインしてコメントを確認・投稿する