『ナポリを見てから死ね』の類義語に『日光を見ずして結構と言うな』というワードがある。東照宮の美しさを知らないやつには、建築の美を語る資格がない、と意味される。
社会人1年目の研修時に、こんなことを教官から教わった。
「断りの言葉を口にする時は《結構です》は使うべからず」
つまり、こうだ。

「金融マン(自称)になると、異業種の金融商品をアプローチされることが頻繁となる。例えば、株屋(←現・証券会社)から電話で新規上場株のセールスがあった時など、《結構です

》と断った場合、先方の株屋は「結構なことでありがたい

」と解釈して、市場に注文を通してしまう。
株が上がればいいが、場末のお前ら(←おいらら)に値上がり確実な新規株が回ってくるわけがない。所詮、証券会社の目論見が失敗した暴落株の在庫セール。証券マンは《結構です

》と仰れられたので買っておきました。500万円払ってください。こんな感じになる

」
それ以来、おいら宛にかかってくる営業電話は、セールスと分かった途端に何にも云わずに切っている
金田一京助、曰く。
『「結構です」は「許可」と「断り」の2つの意味 がある。「それでいい」という許可・肯定の意味と「必要ない」という断りの意味。2通りの解釈で間違ってはいない』
《栃木1》
便利になったものだ。
その昔、日光へ行くには浅草まででなければいけなかったのに、今では7時30分にJR新宿駅へ行けば、9時27分に東武日光まで連れて行ってくれる
日光1号
後部座席からの飛沫をかけられないように、最後部の座席を独り占め
ところが、同じような思考の若者2人が通路を挟んで着席して、早速、朝飯を食らっている。
1両の定員48席の車内には、ほかに4人の観光客と閑古鳥。
こちらも朝メシを手早く済ませ、年の功。
おいらがスペースのある前方へと、移動してあげよう。
大宮駅手前で車内トイレに入っていたら、ポイント切り替えの連続で車内が揺れる。
両手でおちんちんを支えていたので、前にバランスを失い頭部を打つ。
トイレから出てみると、JRに乗っていたはずなのに、大宮駅に着くと東武線のホームへ変わっていた。そういうことか。
東武日光から「世界遺産巡りバス」に乗ってわずか10分足らず
二荒山神社鳥居前に到着し、正面に神社、左手に輪王寺、右手に東照宮。
まずは鳥居に一礼し、参拝客のほとんどいない境内へと足を進めていく。
神木に近づくと、いつものように流れてくる《気》の気配
神木に頭を垂れて、鳥肌の屹立とともにパワーが体内に入っていく。
「ここから有料」と囲われた《神苑》は、まるで場末の宗教テーマパークのような匂いがプンプンしたので入るに及ばず。決して、ケチだからではない
続いては《輪王寺大猷院》。
本当にここが修学旅行生でにぎわう日光なのかと、首を傾げたくなるほどの閑散とした境内。
家光の墓所・大猷院を目指す石段で、先を行く庭師と修行僧の話を小耳にはさむ。

「ちっとも(人がこない)だね」

「緊急事態も伸びそうだし、このまま1ヶ月ぐらい続くんですかね。それでも、Go Toの時は少し良かったんですけど、今年いっぱいこのままじゃないかと怖いくらいです」
寺の修行僧すら、観光客の来ない現状を憂いているのか。
逆に静謐だからと喜ぶのかと思っていたが。
仁王門や夜叉門のカラフルな彫刻たち。
特に4体の夜叉はまるでランウェイを歩くがごとくの美しいポージング。
東照宮陽明門に負けず劣らず、煌びやかな皇嘉門。
「《徳川家光公御尊像》10年ぶりの御開帳!」とあったので、どれだけ凄いものかと覗いたら、何のことはない。タヌキ爺さんの孫人形が置いてあるだけだった。
祭りの見世物小屋かい。
(つづく)

「すみません」の感覚で「I’m sorry.」は使っちゃダメ

言い換えに使える表現
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=6511597
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