1981年4月4日。
高校3年生のクラス替えで新学期が始まるか、始まろうとしていたころに、小林克也の《ベストヒットUSA》がスタートした。
今、思うと、高校3年生の1年間はベストヒットUSAと共に学友との絆を堅く、さらに膨らませていったと書いても、決して過言ではないだろう。
これまで聴いたことのなかったようなAORやニューポップスのグループ名を覚え、メタル系やテクノ系がランクインすると「わかってねぇな」なんて偉そうに批評を加えていた。
ビデオ録画なんて気楽にできなかった時代だったから、気になるアーチストをメモして、高校通学路にオープンした貸レコード屋に予約票を差し込んでおく。
店長さんは「こんなレアなレコード、あんたたちしか借りないよね」なんて、ビジネスにならないのを分かっているくせに、1週間待てば新譜を取り寄せてくれるルーティン。
ありがたかったから、LPをカセットテープに詰め替えて、授業の合い間に教室でカセットレコーダーを再生する。
こんなレコメンドで、貸レコード屋の営業をバックアップしてあげた
今日でベストヒットUSA40周年の記念日。
同級生から「BSで特番やるよ

」と、朝一番の連絡を受けて予約完了。
21時からBS朝日。
日記を書き終わることには小林克也のグッドボイスがリビングに流れるだろう
《伊土4》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1978854690&owner_id=8666179
日本人唯一のGo To 信奉者の川オス
消えたGo To の間は自腹負担上等。行きたいところに行く。
《坂の上の雲ミュージアム》
安藤建築。大河ドラマ放映中の時代に1度訪ねているが、今回の目的は司馬遼よりも建物メイン
大河時代の華やかさは消えて、きっと鑑賞客も減少中。カフェもセルフっぽくなっていた。
ランチはさらに坂を歩いて萬翠荘からの《愛松亭》
ホットケーキがいただきたかったが、驚くことに「うどん」がメインだった。
いただいたカレーうどん。マイルドで美味かった
夏目漱石の地元でありながら、捨て猫が2匹

カフェが飼い主を引き受けた。
ドアを開けると、スルスルッと店内に入り込む猫ちゃん。名前はまだない。
松山を離れ、松山自動車道経由で内子五十崎ICから、わずか3分
もう何年、何十年もの間、自分のWish Listに記録していた芝居小屋。
『おちょやん』の放映も背中を押した一因かも知れない。
https://www.we-love-uchiko.jp/spot_center/spot_c2/
拝観料400円を払って中に入ると、係員から「写真OK、花道OK、舞台で舞っても構いません」という大盤振る舞い。
スッポン、回り舞台、そして奈落。
七三に立ち、六方を踏んでみる。
舞台に立って2階席を見渡すと、本当にスタアになったような錯覚か、涙さえ浮かんできた。
多くの趣味と興味が次から次へと湧いてきて、Wish Priority は落としていたけど、改めてここに来られて本当に良かった。
空耳だったかも知れないけど、どこかから聞こえてきた。
「川オス屋〜」
内子座から少しクルマを走らせると《八日市護国重要伝統的建造物群保存地区》。
知らずに見つけた廃館された映画館『旭館』
取り壊しも協議されたが、民間から声が上がった保存運動を、オーナーである森文醸造が受け入れて、現在でも年に数度の上映会や舞台上演が行われているらしい。
徳島県の脇町オデオン座を思い出す。
愛媛県はここでおしまい。次は伊土の土。
(つづく)
■二階氏、GoToトラベルの必要性強調「恐れとったら何もできない」
(朝日新聞デジタル - 04月04日 15:36)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6472055
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