金山駅前の一等地、ボストン美術館。
潰れるべくして潰れてしまったが、駅前美術館の存在はアートファンにしてみればうらやましい。
今年4度目のGo To徳島
大塚国際美術館も徳島県立近代美術館も、絶対的に僻地。
《徳島4-2》承前
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1977539967&owner_id=8666179
令和2年最後の徳島紀行は小松島。
通りかかった良さげなラーメン屋『岡本中華』で白徳島(自称)と早寿司を頬張った。
早寿司は和歌山ラーメンの専売特許だと思っていたが、店員さんが小皿に醤油を注いでくれて「美味しいですよ」と声を掛けてくれた。★5.
石碑にある『千代の松原』に惹かれて、これまたアドリブ的に神社参拝。
《東八幡神社》
御朱印をお願いしたら奥さまが外へ出ていらっしゃって、会話を交わす。

「千代の松原って、どちらのほうに?」

「十数年前までは参道の向こうまで松原が続いていたんですよ。ただ、松くい虫にやられて、今はもう松原はあれなんです

」
ダメじゃん、千代の松原
旅打ちを意識的に始めたのは大学時代から。
青春18きっぷで日本全国に遠征して、3競オートの公営競技全制覇が微かな目標だった。結果的には十数か所を遺して今に至る。
その間、廃場となった競輪場、地方競馬場は数知れず。
人類みな兄弟な競艇はボートレース場と名を変えて24場、すべてを残しているのだから大したものだ
本場が廃止されて、場外車券しか売らなくなった未踏競輪場の一つに行ってみた。
マイミク・象さんのホームバンクは、400バンクだけ残してまるで廃墟。
負けたギャンブラーが放尿すると、負け銭を取り返すことができると噂の「小便禁止のコーナー」。
象さんも相当量の放尿を放っただろう。かすかに匂う黄色い香り。
出掛けた記念にハズレ車券。
当たってしまったら交換してしまい残らないので、これでちょうどいい。

「女子競輪はちっともわからねぇや」と、クダまいているじいさんは、きっと男子競輪も判ってないはずだ。
《丈六寺》
最後に美術館を残した導線に沿って、寺社参拝。
紅葉にはまだ早いが、多くの文化財を残しており、通り名は阿波の法隆寺。
《血天井伝説》
四国を治めた長宗我部元親は、もっと立派な武将かと思っていたが、そうでもないらしい奸計野郎。
血天井の矢印に沿って天井を見上げると、確かに手形の血痕を見ることができる。
徳島紀行の掉尾は県立近代美術館へふたたび
『ドイツ20世紀アート』
クソナチスが台頭していた時代。アーチストたちを「退廃作家」として弾圧したから、相当数の芸術家が国を捨て、或いは命を失った。
ドイツと美術がピンとこないのは、そんな理由からだろう。
それほど期待をしていなかった企画展。
これが望外の作品に多く出会う
大原美術館の名品はパウル・クレー『A』
竹橋の常設に堂々と掲げられる『騎竜観音』を現した原田直次郎は、若干21歳でドイツに渡り絵画を学ぶ。
若かりし頃の作品はここまで美しい。『風景』は原田23歳時の作品。
岡山県立美術館からの借り物。
そして、今回の徳島紀行、最高のご褒美。
『The Little Pilgrims (Night Walking)』(奈良美智)
おそらく初見。
5体もあるのだから、1つもらってくればよかったと、後悔先に立たず

「バンクシー展」名古屋市で
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=6309989
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