朝6時のめざましは、常にTBSラジオ『生島ヒロシのおはよう一直線』
生島さん自身、妹夫婦を震災で亡くしている。
この番組では毎年3.11には彼の地元・気仙沼で生実況する。
これまでの3.11にはない快晴とともに静まり返った気仙沼の湾の雰囲気を、機嫌よく伝えていて “あっ、今年は大丈夫なんだ!” と布団の中で独りごちてたら、放送の終盤、視聴者からの想い出のメールを読むくだりで堪らずむせび泣く生島さん。
どうにも止まらなくなって、

「プロ(のアナウンサー)として失格だなぁ、これじゃ

」なんていいながら、さらに嗚咽を漏らす。
当たり前のようにもらい泣き。3.11のスタートはいつもこうだ。
生島ヒロシ、正直で誠実な人である。
あれから3月11日14時46分になると、そのとき、居る場所で静かに祈りを捧げている。
運転中だったらクルマを停めて、事務所に居ればNHKをつけて首相とともに。
今日はたまたま産土神社の近くにいたからバイクで境内に乗り付けて、ちょうどこの時刻に合わせて小さく2礼2拍手、そして長い黙祷と1礼。
毎年同じ日のmixi日記を読むことができるのは、自分自身が生活の記録を綴ってきたお陰様。たまに、2011年のこの時にページを手繰り、あの頃の生活を読み返してみる。
これから数年後に2020年の今にやってきて、コロナの苦労を思い出したりするのだろうか。
苦労?
そう、エンターテインメントがここまで抑制されることが、これほど自分にとって苦労だなんてね。数年後にまでmixiが存在しているかが、一番のリスクだろうが。
東京オリンピック開催は、もはや諦めた。
トトカルチョがあるなら「非開催」にベットする。
自分にとっては安くはないチケット代が返金されるだけのことで、戻ってくるデジタルな数字を数年後にふたたびクリックして、3年後のフランスワールドカップラグビーに充てればいいや、の気楽な気分。
同情するのはオリンピックを目指してあらゆる欲求を制御して臨んできたアスリートたち。せめて無観客でと願いたいが、クソのような世間体がにぎりっぺのように騒ぎ出す。
もとより、世界から闘うアスリートたちがやってこなければ成立すらしない。
経済的にもGDP2%の下落が想定されるオリンピック中止という判断は、その決定を喜ぶものたちが誰よりも傷を負うことを想定できていない。
…奇跡的にコロナが消える。
そんな幻想を抱く人々は《夢追い族》にセグメントされてしまうのか。
センバツ甲子園が中止となった
色々な意味で哀しい。
色々な意味で。
令和2年3月11日。
第236回を迎えたテレビ朝日『やすらぎの刻 道』は、平成23年3月11日の一家族を描き出した。倉本聰、渾身の力作。もはや歴史的名ドラマ。
■春のセンバツは「中止」…新型コロナウイルスの感染拡大を受けて史上初の決断
(ベースボールキング - 03月11日 18:04)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=212&from=diary&id=6005238
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