同級生の葬儀に参加するために待ち合わせた田園都市線の駅は、リニューアルスポットとしてまるで欧州のセントラルステーションのように生まれ変わっていた。
喪服を着てのスヌーピー見学は、いささか不謹慎なのか?
そんな迷いは瞬時に消え、それでも楽しもうの気持ちが勝っていた。
〜遊びをせんとや、生まれけむ〜即ち、生きていく者ゆえの強さ。
『SNOOPY MUSEUM TOKYO』★5.
スヌーピーファンの聖地『シュルツ美術館』世界初のサテライトとして2016年に開館した六本木の初代ミュージアムは、期限付き契約の関係で2018年に閉館。当時から行列が当たり前で、無料開放の前庭だけ寄って帰ってきた記憶がある。
想定外の人気がプロジェクトを動かし、そして再び2019年12月、南町田グランベリーパーク内に”世界に2つ目”の常設スヌーピーミュージアムが誕生した。
大人気は必至で入場時間指定の前売券が原則だが、数時間前までの雨や平日のイブニングタイムが当日券売り場にでさえ並ぶことなく入場できる僥倖を得た。
自分にとってのスヌーピー
中学校時代、スヌーピーのコミックスを古本屋で買ってきて、英語学習のテキストにしていたこと。スヌーピーたちの4コマ漫画に触れて、実際に文法を覚えたかというとそんなことは一切ない。
授業を真面目に聞かず、教科書も学校に置いたまま。持ち前の地頭で良い点数を取っていたのは中学校が精々だった。
映画や音楽を鑑賞することで鍛えた英語力は、結局、偏差値や受験にはなにも効果を見せなかったけど、それでも一人で海外旅行ができるぐらいにはなったのだから、タイムマシーンで当時に戻っても同様だね。
圧巻は2階のスヌーピールーム
不思議なスヌーピーを見つけたので(いつものように)気になってミュージアムのおねえちゃんにコンタクトをとる

「何ですか、あれ?」

「ハロウィンでお面をかぶったスヌーピーです

」
わざわざキャプションのところまで案内していただき、丁寧な解説を聞かせていただいた。ほかにも鑑賞客がいるのに申し訳ないぐらいだが、おねえちゃんのほうがもっともっと語りたそうだった。おいらに惚れたのか
お通夜、行くのやめておねえちゃんとどこかへ行くか。(←行かない

)
懐かしいスヌーピーの仲間たちを回想と記憶するために、キャラクターの入ったポストカードを買ってきた。
マイベストキャラクターはウッドストックとピアノの前に座るシュローダー
歩くたびにホコリのでるピッグペンも愛らしい。
お楽しみはここまでだ。
南町田のマジックアワーに、亡き友の笑い顔が浮かんでいた。
横浜でのニッチな時間を、ふと気が付いた樹木希林で埋めてみる。
『樹木希林展〜遊びをせんとや生まれけむ展〜』(そごう美術館)★4.5
平日の夕刻時、会場はおばさん、おばあちゃんが大勢を占め、ぽつぽつとショッピングにお付き合いのおじさんとおじいちゃん。観客の平均年齢62歳とみた。
60歳になって乳がんに罹患してから、ファンに対して手紙をしたためたというレプリカ展示。たまたま、小学校の現役先生と先生を目指す人へ書いた手紙が心に留まった。
とにかく達筆である。
主演映画代表作10作品のポスター展示。
想い出の映画『ツィゴイネルワイゼン』(1980)
公開当時、渋谷の特設銀色ドームで公開されたこと、鈴木清順監督作品であること。そして、デートに誘ってはみたものの18歳ほどの若い2人はともに撃沈爆睡し、ストーリーの1�个盖�憶にないこと。
こんなイメージの映画に、樹木希林が出演していた記憶など微塵もない。
歳を重ねた今、本作を見直せば少しは理解できるのか?そんな勇気も痴呆もない。
そういえば、サラサーテのこの曲を先日、サントリーホールで聴いたばかりだな。
展示室の鑑賞を進めていたら、再びサントリーホールで聴いたばかりの『ボレロ』が聴こえてきた。
しかも、樹木希林が愛した音楽の3番手『我が祖国』は、おいらが次に行きたいクラシックコンサートのプログラム作品。
なんだ、この神がかりなシンクロは
樹木希林展とともに、1つの小さな展示室にほんの少しだけ併設されている『KILIN京都の部屋:京都・何必館』
樹木希林が生前に通い続けた和の現代美術館。
彼女の大切な場所であったという。
京都にも行ってきたばかりだというのに、また行きたい場所リストが1つ増えてしまう。
『五風十雨』(熊谷守一筆)何必館所蔵。

ポケモン完全新作映画タイトルは歴代最短に 『劇場版ポケットモンスター ココ』舞台はジャングル
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