44日間の夢の祭典が終焉した。
日本開催ゆえの幾つかの深い記憶が残る。
10月13日JPN-SCO、横浜での生観戦。そして勝利。
9月28日JPN-IRE、同級生10人が集まってスポーツバーで涙の観戦。そして勝利。
10月20日JPN-SA、テレビ観戦。負けてしまったが、勝敗すら突き抜けた日本代表へのリスペクト。
9月7日、秩父宮。日本代表の決起集会に参加できたのも、今思えば良いスタートダッシュだった。
大会の運営にも心から感謝。
和太鼓の入場、歌舞伎モードのキックオフ、扇型の表彰台。
さらにはお辞儀とか、観戦マナーとか、チームを迎える地域の人々とか。
来年の江戸蝦夷五輪も今回のようなワンチーム開催となりますように。
きっと成功する。
代表選手が語る「4年前は”ご苦労様”だったけど、今年は”ありがとう”と言われる」が、まったく正鵠。
この感動を大学ラグビー対抗戦に引き継いでいこう。
トップリーグは、何となく4年前の刹那的な五郎〇ブームの再来が危惧されて少し怖い
勝手ながらしばらくはWカップロス

芸術の秋
『ふたたびの近代』(神奈川県立美術館鎌倉別館)
副題‐鎌倉別館リニューアルオープン記念展‐とあるように、3年半の大改修を経て10月12日にリニューアルしたばかり。
さらには、先日アーティゾンで学習した松本峻介の代表作《立てる像》が展示されるとあって、行かないわけがない。(←行く

)
《立てる像》(1942:松本峻介)
デカい人である。股の下に犬がいる。
遠近法とはいえ、推定身長7mの巨人。デクラークの約4倍。
野外彫刻は芝生養生中で近づけなかったが、展示室については予想外の「貸切」状態
さすがに鑑賞中には何人かの出入りがあったが、54点の名品が見放題。
岸田劉生は《童女図(麗子立像)》(1923)のほかに、観るほどに恐ろしい《野童女》も並展。
展示室には幸せなことに、キュレーター先生らしき方

がガイドとしてついてくれた。お陰で絵画鑑賞の深淵を肌で感じることができる。ありがたいことである。
ガイドによると、館長さんがベストセレクトとして4人の作家作品をメイン展示。
岸田劉生(38歳)、松本峻介(36歳)、前田寛治(33歳)、古賀春江(38歳)。
4人とも30代での夭折。
特に寡聞にして知らなかった前田寛治、古賀春江の両名について詳しくガイドをいただいた。
《裸婦》(前田寛治:1928)
画流はフォービズム。彼の筆致をして「前寛ばり」という流行語を産み出したらしい。
大正から昭和初期、10年間だけの芸術活動で病死。
《窓外の化粧》(古賀春江:1930)
春江は作家通称。本名は亀雄とあり、従って男性。
こちらは本邦初期のシュルレアリスム。
観れば観るほど不思議になる彼の作品を、間違いなくどこかの美術館で観ているはずなのに深い記憶がない。
前田寛治、古賀春江。今日を境に少し追いかけてみることにした。
新たにサウンド・インスタレーションの空間を設け、扇風機を4台回していた。
多くの日本洋画名品を所蔵しているようなので、今後のコレクション展にも注目したい。
実はこの地、鎌倉はアニキの住む街でもある。
ご機嫌伺いの途中、八幡宮の片隅には今年3月にオープンしたばかりの施設『鎌倉文華館』がある。
もともとは近代美術館鎌倉館として使用されていた板倉準三建築の建物。
土地借地契約の問題から近代美術館の営業ができなくなり2016年に閉館。
取り壊しの計画もあったようだが(←微かな記憶)、建造物を残したいという人々の要請を受けて、神奈川県は閉鎖中の建物を「県指定重要文化財」に指定して保存を表明。
最終的には神奈川県所有だった建物を、鶴岡八幡宮へ無償譲渡し、土地建物とも鶴岡八幡宮所有管理として生き延びた。
さて、今日の鎌倉散歩180分。最後は鎌倉アニキから最寄りのカフェ
『ミルクホール』
小町通の雑踏を避けて脇道に入れば、風情あるフードハウスがいくつも並ぶ。
真っ黒な外観にスマホを向ける観光客がしばしば訪れて、カフェは大入り満員。
いずれにしろ鎌倉滞留180分は、あまりにも短かった。

南アフリカ12年ぶり3度目優勝、日本も苦杯
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5849924
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