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2019年03月27日22:25

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BACK NUMBER/2007年シアトル

mixi日記をしっかりと書き始めたのが2010年1月。当時の日記を読むと、原因不明の腹痛で寝込んでしまい、その時、読んでいたのが正岡子規「病床六尺」クローバー
なので、その日の日記のタイトルは「病床五尺七寸」指でOK
デジタル日記を記すまではデスクダイアリーで行動を記録していたが、かねてから日記マニアのおいらにとってmixiへの参加は、なぜか必定ともいえるものだった。
特に旅行。さらに極めれば海外旅行。それほどの機会に恵まれない旅行を記録することで、次の機会への反省にしたり、ロイター板にしたり。

イチローの引退騒ぎに接して、シアトルで観た彼のプレーを思い浮かべてみた。
日記には記録されていない12年前の記憶。
過去の行動をあらためて記すことなど禁じ手かもしれないけど、足跡は残しておきたい。
イチロー引退に敬意を表し、2007年にタイムワープ。

アメリカ国債暴落の予兆を肌に感じていた2007年。
クライアントが所有していた外債のリスクを見極め、直接シアトル本社に乗り込んでの中途解約の交渉を取り付けた。
身長3mほどに及ぶBIGなアメリカ人3人に囲まれて「中途解約すると損するぞ、クソジャップ」みたいなことを言われたが、「I don't know English指でOK」とバカモードを決め込んで、シアトル本社到着後、わずか60分で交渉終了。
先方の保険会社は全面降伏で全額解約。
結果論ではあるが、2007年5.0%だった長期国債金利(T-BOND)は、2008年末には0.25%にまで大暴落。数億円のロスを防いだのだから、クライアントがおいらを神と崇めても、決して大げさではないだろう。

クライアントとの契約はビジネス往復、7日間のアゴアシ、インセンティブ。
2007年7月31日15時45分、成田空港発。今は飛ぶこともないノースウエスト008便で、シアトルへは7月31日8時45分着。
11時から始めた保険会社とのミーティングは、60分ですべてのミッションを終えた。
このことはクライアントには伏せて、ひとりシアトル市内の散策と決め込んだ。
フォト
(写真上)建築家フランク・ゲーリーがデザインしたポップス&ロック・ミュージックの博物館 『Experience Music Project』。今でもここで購入したTシャツが残っているのだから、きっと★100ほどの感動を得ていたはずだ。
(写真下左)シアトル湾で獲れたシャケを投げるシーンが有名な『PIKE PLACE MARKET』。つまりは、在りし日の築地市場に現れる外国人旅行客と同様の立場。
(写真下右)スターバックス1号店。お土産に買ったマグカップは、航空便で我が家に着いた途端、取っ手が割れていて使い物にならないまま花瓶と化した。

現地のコーディネーター高橋夫妻の接待で『SUSHI Shiro』で乾杯ののち、彼らが抑えておいてくれた大リーグ『マリナーズvsエンゼルス』19時05分のプレイボールは、本拠地SAFECO FIELD野球
フォト
イチローがライトの守備につき、コーナーストーンに城島が座る。
記憶が確かではないが、イチローはノーヒット、1WALK走る人
その代わり、城島がヒットを打っていた。
ここでのお土産はイチロー・ボブルヘッド人形3体。
イチロー人形はクライアント、我が家、ワイフさんの実家へと旅立ったが、我が家のものは長女宅へと嫁ぎ、川崎オスカーの自宅には1体もない。
観戦中、高橋さんがオーダーしてくれたポップコーン。ポップコーン売りのおねえちゃんは、シートのかなり向こうの方から放り投げ、おいらの手元にすっぽりと入り込む。
BRAVO!
映画館で喰うポップコーンはクソだけど、ベースボールパークでつまむポップコーンほど美味はない。

シアトルは1泊して、マリナーズショップやステーキハウス『BROOKLYN』、シアトルセンターを練り歩き、18時36分発、シアトルタコマ空港のドメスティックラインへ乗り込んだ。
アラスカ航空AS670便の小さな飛行機は、わずか2時間30分後、享楽の地・ラスベガスへと降り立った。
(続かない)



野球イチロー夫人 深夜でも9品!守り続けた厳格な食卓ルーティン
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=145&from=diary&id=5555883
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