磯崎新プリツカー賞受賞記念・建築士巡礼の旅(自称)日曜日編・後編。
関口教会が建つ目白台から北東を俯瞰すると、サンシャインをランドマークとした池袋を観ることができる。フォーカスをビル群から東に戻し、ロックオン。
建築士巡礼が目指すは、今日のうちに明日館。
考えてみれば、おいらの建築士観察の歴史はフランク・ロイド・ライトとの出会いから。といっても本人にあったわけじゃないし、彼の時代にはプリツカー賞なんてものすら存在しない。
ル・コルビュジエに先を越された世界遺産。フランスでコルビュジエ建築に対峙したが、この時もやっぱり会いたかったのはフランク・ロイド・ライトの何かだった。
関口教会に別れを告げて、目白通りを渡り藤田観光の大本尊、椿山荘を抜け道として利用する。
およそ2万坪。おいらの庭よりも少しだけ広い日本庭園には、2,3種類の桜が季節に迷いながら咲き誇り、あと2週間も経つと、残りの桜たちがおそらく見事に咲き誇る。
庭園の丘に建立された三重塔。
ここがバブル末期には「フォーシーズンズホテル」と提携して、椿山荘の静謐さとは懸け離れた水商売御用達のデイユースホテルに成り下がったのは平成初期の話。
いびつな国際結婚は20年目に破局を迎え、もう一度、戦後昭和の椿山荘を取り戻すことになる。
大阪に行けば、藤田観光には太閤園と藤田美術館。いつになったら、またあの古風な美術館で曜変天目を愛でることができるのだろう。
椿山荘庭園を裏へと抜ける冠木門。
門番さんが近寄ってきて話しかけてきてくれた。
どんな話題だったかは、ここに記すことができない。
気になるなら、冠木門で聴くがいい
ほんの少し歩くと都電・早稲田駅の停車場が見えてきた。
時間があって、裏浅草のけだるさを感じたければ、ここからわずか170円。都電乗りっぱなしで三ノ輪へ連れて行ってくれる。
しかし、この日のおいらは時間は貴重だし、裏浅草のけだるさを知る由もない。
雑司ヶ谷で降りて、20分の歩き道。驚愕の出会いはその途中に起きた。
目の前に聳える、ポンピドゥセンターを彷彿とさせる違和感だらけのマンション???
スマホの道案内を無視して、その建物目指して突進する。
建物の名前を確認してから建築家をググると、そこは豊島区役所+高層マンション。
すでに建立されてから4年が経つ。
そして、建築設計事務所の名前に「隈研吾」
太宰府スタバで出会ったばかりの先生だ。(←出会っていない)
新国立競技場はもとより、日本橋三越本店も隈さん作品。どちらも来年にならないと拝めない。
この時、前方から白人青年がやってきて、おいらと並んで写メを撮り始めた。
「スバラシーデスネ!」
建築物が好きなのかを問うと、友人が設計関係だと答えてくれた。
昨日、日本に着いたばかりで、そこの役所に行ってきたついでに見に来たそうだ。
ちなみに、彼の日本語はおいらの英語よりも100倍、スジが通っている。
「一緒に大仏見に行くか?」の問い掛けには、用意していたかのように後ずさり。あとで聞いたら、マイケル・ジャクソンにムーンウォークを教えていただいたばかりのようす。
通り道だからと池袋大仏に拝み、東口から西口へと抜けていく。
通り慣れた脇道小径を右往左往して見えてくる自由学園明日館。
フランク・ロイド・ライト作品が世界遺産となるまで、一体何度ここを訪れるだろう。
そして、日曜日の夕刻。奇跡が起きた。
おそらく、結婚式の名残りを遺したままだったのだろう。校舎の入り口は開放され、これまで見たことのなかった中央棟ホールと中央棟食堂に入ることができた。
この僥倖は、明日館館員に見つかると外出を命じられるのか、それともこのまま館内見学を続けられるのか。いずれにしろ、館員は顔を見せず、しばらくの間は明日館を自由自在に歩き続けていた。
良い建物を観るたびに、心に大きな余裕が生まれてくるのはなぜなのだろう。

スタバ、京都に芸術家の“アトリエ風”新店舗 80以上の若手アーティスト作品を起用
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=137&from=diary&id=5534727
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