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2018年02月28日23:10

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川崎駅北口今昔

電車関東版“住みたい街”No.1は横浜 吉祥寺、恵比寿を抑えトップに
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=5006471
川崎駅は昔のイメージが悪くて常にランキング対象外。
神奈川県は「横浜」と「武蔵小杉」が入っているけど、武蔵小杉の超大混雑に投票する気がしない。
おいらの住む街「新川崎」電車
汚らしいイメージの「川崎」にNEOを意味する「新」をくっつけた安易な駅名。
いい街なんだけど、おいら自体がこの街にしか住んだことがないから比較しようがない。
ランキングに入ると固定資産税が上がるっていう佐川長官の通達もあるようなので、このまま「新川崎」が静かに育ちますように。

フォト
川崎駅北口がオープンして2週間ほど。
エキナカの出来栄えは上々のようで、北口からラゾーナに抜ける自由通路にはフロンターレの面々がパネル化されて出迎えているサッカー
週に2回ほどは利用しているが、中央口の混雑は緩和され、いい感じのネオ川崎駅の立ち上がり。

今昔と言っても、年寄りよりは長生きしていないのでほんの50年ほど前から40年ほど前の話。
当時の北口は、いかにもアングラでダーティーな川崎というイメージが似合っていた。
北口よりは華やかである東口の地下道にでさえ、アコーディオンを弾きながら物乞いをしている傷痍軍人さんや、新聞紙にくるまって寝っころがっているモップおじさんなど、無料もののけ通路の様相を呈していた。

「小学生は1人で歩かないこと」と学校から指示されていた北口には、立ち飲み屋、パチンコ屋、歓楽街、マージャン屋、さかさくらげなどなど。
競輪場や競馬場からやってくるオケラおじさんなどが、安い酒を求めてさまよっていた。

フォト
その中で堂々と威厳を保っていた北口中央デパート。
上の階にはローラースケート場、寄席、食堂などがテナントで入り、おそらくスケート場の下の階にパチンコ屋がジャンジャンバリバリ、立錐の余地もなく繁盛していた。

フォト
いつぞやの川崎駅北口中央デパートのパチンコ店。
父親とともに立ちながらパチンコ玉を弾くおいら、8歳か9歳。
流れてきたマイクの放送で、
「神奈川県の新条例で4月1日から18歳未満のお子様の入場は禁止されます」というアナウンス。
父親がおいらのために、そんな条例はおかしいとパチンコ屋にクレームをつけていたが、通用するはずもなく、なんとなくその条例が父親とのバクチ場通い終焉の切っ掛けになったような気がしている。
しばらくして、川崎駅高層化によって北口は閉鎖され、数十年が経過したのだろう。
廃墟となった北口中央デパートは、いつの間にかインテリジェンスなビルへと姿を変えた。

半世紀も前の記憶ゆえ、はなはだ怪しいところばかりだし、確認しようにも鬼籍の父に聞くわけにもいかない。
立派になった川崎駅北口を歩くたび、あのパチンコ屋での出来事が浮かんでくる。
茶色の紙袋に入っていたハイクラウン・チョコレートを抱えて家に帰ってくる我が親父。
あらためて言っておこう。
いろいろと教えてくれてありがとう、オヤジ。
北口が見違えるように立派になったよ、と。
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