反省文。
12時30分、書類交付の手違いがあり北関東某所から連絡が入る。
手元に残していた公的な書類の原本を某所まで持参しなければならないという、唯一の選択肢を示す先方の職員。
いつものように、これが自分だったら、と立場を置き換えるなら、「とりあえずFAXかメールで送り、原本は速達で構わない」という判断を下すのだが、北関東の人々にはその振り幅はないようだ。
電話で次善策を提示しながら、空いた両手でパソコン路線検索の同時進行。
具体的にいつまでに原本を持参すれば受け付けるのかの問いに対し「15時30分

」というメッセージ。
「川崎」→「某所」の到着時間を見極めると、新幹線を使って15時18分。

「これから川崎を出て、15時18分に駅に着く。そこからタクシーを使うが、15時45分、15分の余裕を見て欲しい」

「駅からタクシーで5分程度。15時30分までしか待てない

」
OK
俺を誰だと思ってる。
不可能なんて文字はない
東海道線で東京へ出て東北新幹線。
焦る必要もなく、新聞とビジネス誌を読みながら、北へ向かう。
初めて降りるであろう駅から在来線への乗り換えをして、あと1駅。
予定よりも10分、早く到着するとスマホさえ嬉々として答えを返してくれた。
新幹線乗り換えの改札で事件は起きた。
初めての駅と在来線乗り換えへの焦りがあったのか、自動改札に特急券と乗車券を重ねて入れることに戸惑った。
その刹那、後ろに続いたおっさんから、

「チッ、トロトロしてんなよ」とつぶやきながら、踵を返してとなりの改札から出て行った。
カチン。
脳内で音が鳴る。
こんな気分、何年ぶりだろう。
閏年よりも、或いは干支がやってくるよりもなお遠い過去の経験だろうか。
自分の不甲斐ない改札への照れ隠しもあったのだろう。
声の主の横に立ち、彼の顔かたちを伺う。
若かりし頃なら、胸ぐらさえ捕まえていた、そんな赤いオスカー時代が懐かしい。
しばらく横に並んで歩いていく。

「なんだよ

」
彼が喧嘩越しに問いてきた。

「なんか言いてぇのかよ」
相手の言葉になにも返さず、少しだけ歩を緩め、彼の顔つきを眺めてみる。
くたびれたサラリーマン然とした貧相なおっさん。年の頃、60をそろそろ迎えるかのような年代だろう。
その姿を目の当たりにした時に、おいらに自省と猛省が迫ってきた。それも急激に。
なにをしてるんだ、俺は
これでは、東名高速のあおりバカと何ら変わらないクソ野郎じゃないか。
『心の貧困』・・・こんな言葉が浮かんできた。
まず、1つ目の反省が浮かぶ。
改札口で迷惑をかけたのは、間違いなく自分であるのだから、彼の言葉に対しては、
「申し訳ありません」の謝罪を送るべきだった。
2つ目の反省は、まるで煽り行為のような態度を占めてしまったこと。
全く情けない。
「みんなにデクノボーと呼ばれ」ることが目指す人生だったはずなのに、余裕のない相手に同調した態度をとってしまっている。
全くみっともない。
結局、2人はしばらく無言で並列に歩いていたが、思い直して在来線へのホームへ急ぐ。
とてもとても小さな現象に“カチン”と音を立てて冷静さを失った行動は、心の貧乏人そのもので、おいらが一番嫌っていたことのひとつ。
30年ほど過去に、コーチとして面倒を見ていた部員たちを、怒りに任せ引っぱたいてしまったことがある。
その後、おいらの気持ちは沈んだまま2日間、笑顔もなく反省だけが渦巻いた学生時代のころ。
それ以来、他人に手を出したことなど滅相もなく、“怒る”という行為すら10年に一度思い出す程度であった。
それだけに情けない。
今日のこの経験が、自分にとっては大きな大きな反省となり、おそらくまた一歩、雨ニモマケズな宮沢賢治を目指すことを誓う。
心にいつも太陽を、心は常にひまわりであれ。
お陰さまで駅から乗り付けたタクシーでは、運転手さんとの会話が弾み、目的の用務地では“遠方からわざわざやってきた”感を感じられた担当者に、深々と頭を下げて「大変遅くなりました」のへりくだりを使わせていただいた。
遠方からやってきた客のみごとなへりくだりに、彼ら声もなく書類を受け取っていた。
瀬戸物と瀬戸物はありえない(当社比)。
まだまだなにもわかっちゃいなかった。
さぇ、これだけ反省文を書けば大丈夫。
そのうちにいつの日か、カチンと音が鳴ることもあるだろうが、その時にはまたこの日紀を読み返す。
そうすれば、相手からデクノボーと呼ばれ、おいらはやはりニコニコ笑っていることだろう。
■「お前」と呼ぶ上司や友人に不満の女性 「誰だろうと許さない」と激怒の声も
(しらべぇ - 10月27日 06:32)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=202&from=diary&id=4832134
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