野田秀樹曰く「盟友と作った新たな歌舞伎。型があってこその、型破り」。
ここでいう盟友とは、十八代目中村勘三郎。
彼との出会いがあったからこそ、野田芝居あればこその言霊を歌舞伎に仕上げ、演劇ファン・歌舞伎ファンの垣根を少しだけ取り払う功績を産んだ。
在りし日の勘三郎、『野田版 研辰の討たれ』(★5)や『野田版 愛陀姫』(★5)は凄かった。
彼の寿命を縮めるんじゃないかと心配するほどに舞台を走り、汗をかき、おそらく打ち上げで浴びるように酒を飲む。
勘三郎+野田秀樹。
2人の天才がどれだけの作品を造り上げたのかは、DVDを観れば一目瞭然。
或いは、シネマ歌舞伎でさえ感動が蘇る。
さてさて、久しぶりのありがたき歌舞伎鑑賞。
定番の「逆さ鳳凰」に挨拶のあと、イヤホンガイドを手に納涼歌舞伎。
川崎オスカーぶいぶい第3時代(20代後半〜30代前半)には、1題ほどは遊民社舞台を観ていると思っていたが、ストーリーの記憶がない。
当時のチケット争奪戦は凄まじかった。
オークションなるものがあったのかなかったのか。
いずれにしろ、本当に観劇したい者だけが、たとえば有楽町の交通会館に並んだり、遊民社の事務所に並んだりしてゲットする。
売り切れたら、それでおしまい。高値で買おうにも手段がない。
東京サンシャインボーイズもそんな記憶。
今や、テレビドラマのバイプレイヤーたちのほとんどが属していた第三世代の演劇ブームは、それなりのステイタスを誇っていた。
8月納涼大歌舞伎・第3部の演目は『野田版 桜の森の満開の下』(★4)。
特等席、上手左脇。
「中村屋」「高麗屋」…大向うの練習をしていたが、桟敷席の淑女や特等席の熟女から咳払いが起きている。
どうした、結核か?
ならば歌舞伎観ないで、医者に行け
緞帳が上がり、そして1幕の緞帳が下がるまで、当代勘九郎は父・勘三郎を忍ばせるハスキーな声を上げながら、高麗屋の若造とともに野田歌舞伎を勤め上げている。
特筆は女形・七之助。
頼りない弟さん(当社比)、今日の舞台はまるで京屋の面持ちさえ感じられる名女形。
大向うが声を上げる隙も与えず、七五調の歌舞伎モードよりも野田台詞モードで走りまくる役者たち。
壬申の乱。
いつぞやの日本史で習ったとはいえ、期末テストが終われば忘れてしまうのが凡人の常。
英語の授業には洋楽鑑賞、歴史の授業には落語や歌舞伎、地理の授業は修学旅行、数学の授業に公営ギャンブル。
こんなシラバスだったら、おいらのような天才児(←自称)が量産できるのに。
末語。
歌舞伎にはありえない一度きりのカーテンコールに赤名人・亀蔵を見つけ、ようやく特等席から屋号を叫ぶ。

「高島屋っ

」
中村征夫写真展『永遠の海』(銀座松屋)
そういえば、海(マリンスポーツ)も山(マウントスポーツ)も苦手なおいら。
書き続けている日記に海山の話題はほとんどない。
山に登るのならロープウェイで楽々登りたいし、海に潜るなら潜水艦をお借りしたい。
ストイックという5文字と対極の位置にあるオスカー氏の5文字。
展覧会で観覧した写真には、凄まじいほどのストイックさをそこに感じることができた。
まるで水族館のようなマリンブルーの展覧会。
予想以上の拝観者を飲み込んでいた。
72歳になるはずの中村先生に「いまだ現役ですか?」と無粋な質問。

「もちろん、今でも潜ってるよ!」
優しい笑顔で答えてくれた。
図録を買った人たちへのサイン会。
展覧会で掲示されている大型パネルの印象が強すぎて、図録やポストカードの売れ行きがイマイチだったのはご愛嬌。
日経新聞でもオススメの写真展。
次はネコちゃんの写真展にでも行こうかな
■あなたの「日曜の夜の過ごし方」教えてください!
(TOKYO FM + - 08月13日 17:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=257&from=diary&id=4715457
ログインしてコメントを確認・投稿する