あと7回勝つと甲子園の切符が手に入るとあって、母校への応援に熱が入る。
我が街、川崎から電車に乗って50分ほど。
サザンのお膝元、茅ヶ崎を過ぎると。「ナイター競輪本州発祥の地」で名高い平塚に到着する。
向かう球場は《バッティングパレス相石スタジアムひらつか》
ネーミングライツで付けられた球場名「相石」(そうせき)が、地元の燃料会社・相模石油を意味していることを地元の人さえ知らないし、おそらく98%の来場者が、ここを《平塚球場》と呼んでいる。
平塚駅から路線バスに乗って、スタジアムの1つ前のバス停でボタンを押して一人下車。
5月にも来たばかりだが、開催されている展覧会にそそられて寄り道を敢行した。
『ブラティスラヴァ世界絵本原画展』(平塚市美術館)
・・・そういえば、10日ぶりの美術館。
エントランスに飾られた舟越保武や佐藤忠良の作品さえ懐かしい。
連休の合間だからなのか、それとも企画が滑っているのか、館内は序の口の力士たちが土俵で暴れているころの国技館のようにスカスカの状況。
スロバキアで開催される絵本原画展50年の歴史を、その展覧会に出品した日本作品の原画と、絵本現物を展示。
展示室中央に置かれている絵本を手に取って読むこともできる。
入口早々にみつけた『ちからたろう』は、HKS幼稚園時代に読んでいた絵本のはずだ。
柄戸先生か山田先生のどちらかに読んでもらった記憶がある。
ただ、自分自身が絵本に触れ合っていた期間なんて、ほんの数年ではなかっただろうか。
神童(自称)だったので、小学校に入れば低学年当時から村上春樹を熟読し(当時、村上春樹が文壇デヴューしていればの仮定だが)、宮沢賢治の童話に胸を打たれていた。
娘たちが産まれてから、当時親しかった絵本出版社の一つである「ほるぷ出版」の部長さんから、新刊が出るたびに見本品をいただいて、娘たちに与えていたが、彼女たちも絵本よりはマリオやピカチュウに興味を示し、『はらぺこあおむし』ぐらいしか記憶にないと思われる。
展示された作品の中で興味を引いた幾つかの絵本。
安野光雅の『旅の絵本�供戮蓮�津和野の美術館からの再会となる。
藤城清治作品『銀河鉄道の夜』は、もろちん原作・宮沢賢治。
40ページ程度の絵本を手にして、藤城先生の華麗な影絵とともに熟読。
カンパネルラは溺れて死んじまったよ。
驚いたのは現代アートの旗手、大竹伸朗『ジャリおじさん』。ジャリジャリ。
50分ほど徘徊し、美術館から歩いて平塚球場へ。
クソ暑い南中の時間帯、焦がれる想い。
同窓会で贈った高校応援旗を表裏逆にして振りかざす応援団。
お疲れ様といいたいところだが、まず正逆を直しやがれ。
相手はノーシードながら私立の中堅レベル校。
内野ゴロを確実にアウトにできない我が母校の試合は、6回裏、相手選手の延べ10人目のホームインで幕を閉じる。
おしまい。
それはそうと、違和感を抱く野球部父兄の応援態勢。
いつもはバックネット裏で観戦するのだが、今日は相手校応援団のヴォリュームに圧倒され、少しでも応援スタンドを埋めてあげようというOB心。
父兄応援席の一角で観戦した。
もう二度と、この中には入らない。
ワイフさんにあらためて尋ねると「私立なら当たり前。公立もリトルやシニアリーグ上がりの選手がいると、その流れが作られている」。
何が言いたい?
働きバチのような選手のお母さん方は、偶数回相手方の攻撃(自陣の守備)になると、大きなバケツからたくさんの冷タオルを取り出して、応援をしている現役女子高生や、男子応援団に配っている。
父兄さんたちは、きっちりと2グループに分かれていて、1つのグループは前席に位置し席を離れず(おそらく)我が子たちを応援する。
そして、もう1つのグループは偶数回のタオル配りに備え、水を汲んだり、タオルを用意したりと忙しい。
とてもありがたい光景なんだけど、いったい何をしにきたのだろう。
相手側の攻撃とはいえ、味方の守備も大切な試合観戦の一つ。
試合は観なくてもいいのだろうか。応援は?
2回裏は0−0だった。
4回裏は0−2になっていて、6回裏はすでに7点を取られて、なお1塁2塁とか。
それでも、タオル配りと冷水配りがせっせと行われ、おいらの手元にまで紙コップ入りの冷たいポカリスエットが渡された。

「ありがとうございます」
ただ、我が母校のチームはとてもピンチだし、おいらの手元には自分で準備した爽健美茶がある。
応援の女子高生たちだって、誰もがドリンクタンブラーをベンチの脇に置いているというのに。
おそらく、お母さんたちは組織で築きあげられた「マニュアル」に沿って、ただただ粗相がないことだけを信念に働いてくれている。まるで、仕事のようだ。
冷たくて美味しいポカリスェットだったけど、おいらはピンチの子供たちに声援を送るお母さんであって欲しい。
少なくともおいらが現役時代−といってもバスケット部ごとき−には、練習はもとより試合にだって両親は来なかったし、おいらが学生時代に務めていたコーチ時代にだって、選手の親から挨拶を受けた記憶もなければ、お中元をいただいたこともない。
いつから始まったのか、クラブ活動父兄奴隷制度。
言葉がきつければ、過保護過干渉制度とでも書き直そう。
汗をかけば自分で拭くし、ドリンクは自分で準備できなければ、マネージャーさんや控えの部員たちが用意をしてくれる。それがクラブ活動の仲間である。
誰かが良しと思って持ち込んだカースト制度は、年々、手を変え品を変え次世代に受け継がれていくそうだ。
それもよし、しかし、自分たちの放任だった時代に戻してみるのも、また良し。
おそらく多くの父兄がわかっていることなんだろうけど、誰も猫の首に鈴は着けられないんだよな
おいらが、この立場なら間違いなく異を唱えて、そして、やがて村八分になるんだろうだな。
なんだかなぁ。
■高校野球も変化の時代 夜間練習や上下関係見直す動き
(朝日新聞デジタル - 07月16日 12:28)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4671017
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