
「お通夜は・・・」
病床の老父を見守るため、隣室で身体を休めていると、トイレコール以外にも時々漏れてくるつぶやき、或いは独り言。
昨夜(といっても、文字通り丑三つ時のおしまいの時刻)、トイレ行きに失敗した老父はベッドに伏せたまま、おいらを呼び寄せ”これから言う事をメモ取るように”と真夜中の業務指示。
時間外手当などどこ吹く風のブラック親父。
電通ならぬ、鈍痛でもあるのだろうか。
少し顔をしかめていたから、背中をさすりながらの孝行息子(←おいら→自称)。
ベッドの隣に腰掛けて、ペンとノートを握る。

「家系図を作ってくれないか」
そもそも入れ歯をはずし、寝ぼけ眼の老父につき、会話の90%は聞き取れない。
しかし、そこは天才児・川崎オスカー(自称)。オヤジの言いたい事ぐらい、わからんでか。
問わず語りに、自らの兄弟の思い出を語りだす。
自身は八番目の子どもで、四男と五男は戦争に取られた。
戦前、食い扶持もなく養子に出されて、ここ川崎で昭和28年に土地を買ったこと。
鮮明だったり、不鮮明だったり、同じ言葉が2度も3度も繰り返したり。
真夜中のダイアローグは、おいらを小学生時代のような気分に返してくれた。
45年も遡れば、父と手をつなぎながら馬だらけの動物園で、きっと息子に話しても理解できないような昭和初期の思い出を語ってくれていたはずなんだ。
だって、「特攻隊に呼ばれたけど、招集もらう前に終戦になった。拾い物の人生なんだ

」という話は、今でも鮮明に覚えているからね。
親族の話が途切れると、次に出てきたのが、

「お通夜は・・・」
というプロローグ。
悟りでもあったのだろうか。
前触れもなく、そんな言葉が口から漏れて、”オヤジ、強いな”なんていうリスペクトが脳裏をよぎる。
そこからは、あえて口を挟まず聞き耳を立ててメモに注力した。

「こういうのは計画的にしないと・・・」
途切れ途切れ、かすれかすれで91年目のエンディングを組み立てている。

「告別式・・・・・・2時から、そのあとが、・・・火葬場、4時・・・」
目を閉じながら、己の旅立ちの時刻表を描いているようだ。

「終わったら、なんと言ったっけ、みんなでお酒を飲む・・・」

「なおらい?」

「うん、それ。何人ぐらい来るかな?」

「きっと、たくさん来てくれるよ。おじいちゃん(父のことをおじいちゃんと呼ぶようになったのは、おいらは父になってから)、町内会にも尽くしていたしね」

「そんなに来るかな?」

「お寺のテントじゃ間に合わないかもね

」
老父、おいらの顔を覗き込み、

「・・・あっ、ぼくは行けないからね。ちょっと足を悪くしちゃってさ。
うちで留守番してるから

」
誰の葬式やねん。
声も出さずにノートを閉じると、すでに目を閉じて浅い眠りにつく乳。
否、
父。
部屋の掛け時計をみると3時50分を指している。
平時には睡眠時間7時間を摂らないと生きていけないおいらが、このところ、老父の就寝介護でよく頑張っている(当社比)。
お蔭で今ごろ、昼行灯
ヒマだからコーヒー飲んで、mixi日記。

「葬式主催者あいさつのネタができたね

」(byワイフさん)
悲壮感のないオスカーファミリー、ほんとうにありがたい。
もう一つ、不思議なこと。
その時刻の前だっただろうか、後だっただろうか。
老父のつぶやきが、まるで会話のようだった。
隣室でうつらうつらしていたおいらに、父の独り言とともに、老女のかすかな声が聞こえてきた。
仏壇の上に掲げられた父の養母の遺影。つまりは、おいらの祖母。
部屋は薄暗く、遺影の表情は捉えられなかったが、きっと近付きつつある再会の日を打合せしていたのかな。

「そろそろ、そっち行こうか?」

「そう急がずともよい。」
霊感など微塵も持ち合わせていないおいらのくせに、この瞬間はふと何か、有ってほしいその世界を感じていた。

コーヒーは朝に飲むと危険ってホント?
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=4639462
60才は人生の花
70才にてお迎えあるときは
今留守と言え
80才にてお迎えあるときは
まだまだ早いと言え
90才にてお迎えあるときは
そう急がずともよいと言え
100才にてお迎えあるときは
時機をみてこちらから
ボツボツ行くと言え
仙崖和尚(禅僧)
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