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2017年05月26日20:04

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【2017年5月23日 三浦綾子読書会 特別講演会のご報告】

【三浦綾子読書会 特別講演会のご報告】
日時:5月23日(火)10時00分〜12時30分に御茶の水キリストの教会で開かれた三浦綾子読書会 特別講演会のご報告をさせて頂きます。

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講演1 ――
講師:宮嶋裕子氏
旭川で三浦綾子夫妻と親しく過ごした初代秘書が語る三浦綾子とそのメッセージ
講師略歴
宮嶋裕子氏・三浦綾子初代秘書、著書「三浦家の居間で」、「神さまに用いられた人 三浦綾子」など
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【講演の概要】
5月19日金曜日に読書会顧問の長谷川先生に偶々お電話を差し上げたんですが、その1時間前に込堂先生から、急病のため今日5月23日(火)の講演はお休みさせて頂きたいという内容のお電話が長谷川先生にあったところでした。

私はその話をお聞きして予定も空いていたので、私で良ければ代りを務めさせて頂きますと申し出て、今日ここに立っています。


以前塚口教会の山崎先生が「綾子さんに関わると不思議なことが起きるものですね」と仰ったことがあります。
山崎先生はその後病を得られたのですが、1年間綾子さんの文学の学びをしていたことが、闘病生活を支える力になったそうです。


ある日、綾子さんが「風邪も癌も治すのは神様にとって同じ」と話をされていまして、若かったわたしゃ「あ、そうか」と通り過ぎただけでした。
今になってみると、神様が生かそうと思ってくれるなら、生かしてくれるだろう、語ることが必要なら語らせてくれるだろうという考えに至りました。

こんなわけですので、先年病を得てかなりな手術を受ける時にも、信頼感をもって、向こう岸に着くことを信じて、大船に乗ることができました。

私は今、生きている限り、初代秘書として三浦綾子夫妻と親しく過ごしたときのことや三浦綾子さんのことを語り続けたいと思っています。


今日はあまり講演では話してこなかった、私が体験した「不思議なこと」をお話させて頂こうと思います。

<秘書カムバックの経緯など>
文学館開館直後に二代目秘書八柳さんが重篤の病なので、旭川の知人から「お見舞いに行ってほしい」と言われ、1998年の9月に八柳秘書を見舞った。
すると彼女から「光世さんと綾子さんを助けてほしいの」と言われました。
「祈っているから」とも言われました。
当時我が家は3人の大学生の娘達を抱えて旭川に通う交通費はとても出せそうにありませんでした。
ところがある日書留が届きまして、開封した所「5万円の旅行券」が入っていました。応募したことも忘れていたものが当たったのでした。
鳥肌が立ちました。
これは旭川に行けと神様が仰っていることが分かりました。


<著作が発行されるまでの経緯>
結婚して茨城に住んでいるのですが、度々綾子さんにはお電話を差し上げていました。する綾子さんはきまって「裕子ちゃん、あんた私の後継ぎをしてね」と話してくれました。
焦りました。勉強は嫌いでしたし・・・・
書く気はあったのですが、「はい」とは言えず、心に留め続けていました。
「百万人の福音」が毎年募集する「ペンライト賞」に何回も応募しましたが佳作が精一杯で、一回も入賞はできませんでした。
「なんで入賞させないのぉ、悔しい〜、良いこと書いているのに〜」と思っていました。
綾子さんの逝去後「百万人の福音」から1年ということで連載の依頼がありました。
「どうしてですか?」と編集者に尋ねた所、以前「百万人の福音」の編集者であった熊田さん(当時南米に宣教滞在中)から「この方はかける方ですよ」と推薦があったためですとのことでした。
熊田さんは私が「ペンライト賞」に何回も応募した原稿を全部目を通してくれていたのです。
不思議な導きで連載が始まり、9ヶ月目のころに最終回(12回目)までどのように運ぼうかと編集者と相談したところ「私1年って言いました?書けるだけ書いてください」と。
その後は「書かせていただいた」の連続でした。
結局3年余りの長い連載となって、「三浦家の居間で」という本にまでして頂きました。


その後、キリスト新聞社からも連載の依頼があり、1年ほどの連載後「神さまに用いられた人 三浦綾子」という本にして頂きました。
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