■バイクの販売不振 「原付」が半減、駐車場不足も課題
(THE PAGE - 04月16日 16:22)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=177&from=diary&id=4530362
おいらのバイク人生について。
51cc以上のバイクに乗ったことがない。
中ぐらいのバイクでもいいから、リアシートに女子を乗せて、腕を巻きつけて胸のあたたかさを感じながら海辺の海岸通りを滑走する。一度でいいからやってみたかった。
嗚呼、書いていて鳥肌が立つほど似合わない
中学卒業後の春休み、15歳の時に兄貴の原付に乗って、通りかかった警察に追いかけられて御用、前科1犯
無免許運転の罰則は、高校1年の課外授業で歌舞伎教室の日に家庭裁判所呼び出し
調査官の下した審判は「反省文」と「出頭1日」。

「出頭日は今日になっているから、これで無免許の罰はおしまい。免許取るまで乗っちゃダメだよ」
こんな感じの優しい大人が、おいらの成長を助けてくれた。
翌日、担任のH先生に家庭裁判所の審判結果を報告。

「で、お前の誕生日はいつなんだ?」

「7月であります

」

「誕生日になったら、すぐ免許取りに行け。」
H先生に誕生日が来たことを報告すると、「明日、休んでいいぞ」と、学校をさぼって原付免許を取ってもいいと、生徒手帳にハンコをもらう。
原付免許は学科だけで、もろちん秀才のおいらは一発クリア。
翌日、担任のH先生に原付免許の合格を報告。
こんな感じの優しい恩師が、おいらの成長を助けてくれた。
無免許運転で無駄にした『歌舞伎教室』に対しては、「けっ、歌舞伎なんて見たくもないし、ちょうどいい出頭日でよかったよ

」と、悪友たちに嘯いていたが、自分の趣味が「映画」→「落語」→「歌舞伎」と幅が広がっていくに連れて、「なんてもったいない1日を失ってしまったのだろう

」と、後悔を繰り返している。
なので、この時以来、無免許運転はしていない。偉い(自称)。
16歳になって初めて手に入れた原付バイクは「緑のチャッピー」。
バイクの街・上野へ出掛けて中古で仕入れてきたが、実はこれがボロボロのセコハンバイク。
上野から川崎の自宅まで初乗りして帰ってきたら、すでにシートカバーが擦り切れていて、そのうち、エンジンカバーもどこかへ飛んでいってしまう。
クソ中古原付を売りつけた《光輪バイク》という名前は、36年経った今でも覚えている。
金返せ。
チャッピーは、おそらく1年で廃車。
そのあと、自転車のような細くて軽い原付を買って、大学部活の合宿に遠路、カーフェリーに乗せて千葉県勝浦浜まで出掛けたら、潮水でマフラーがさびて、これも数年で廃車。
その後も、自転車代わりに原付バイクを何度も何度も乗り換えて今に至る。
現在の愛車は、国内で一番売れている人気のバイク『Let's 4』
駐輪場の苦労は、常々付きまとうけど、原付バイクの便利さは不変。
ご安全に、これからもよろしくです。
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