1988年7月某日、17時。
クールビズなどという単語もなかった時代。
事務室の後方から、断末魔の叫びが聞こえてくる。

「ギャーッ

だずげで〜。ウゲッウゲッ・・・・・・」
上司である課長も心配そうに立ち上がり、帰り支度をしていたおいらに命令が下る。

「ちょっと見てこい!Aの声だろ、あれ?」
Aはこの年、4月に入社したばかりの新人クン。
3ヶ月の研修が終わり、気合たっぷりでおいらたちの課に配属されたのだが、課長も1つ先輩の男子(←おいら)も、残業という二文字を極端に嫌うエリートビジネスマン。
17時を少しでも回ると、これまで机の上に置いてあった資料をしまい、アフター5(死語)をどのように楽しむかを考えながらの帰り支度となる。
やる気たっぷりだったAも、朱に交われば赤くなる。
17時以降は仕事をしない症候群が染み付いて、身の回りの片付けに入っていた。
支店長すら手に負えない、我ら軟派族3人衆の実話を1つ。

「だ・ず・げ・で〜。ウゲッウゲッ・・・・・・」
断末魔は、未だに続き、咳き込むAの姿を後方に見つけた。
シュレッダーに頭を近づけて、真っ赤な顔をしながら目をひん剥いていた
シュレッダーのジジッ、ジジッといううねり音が、なんだか哀しい。

「なに遊んでんの?帰るぞ!」

「せ・・・ん・・・ぱ・・・い、・・・た・・・す・・・・け・・・・て・・・」
おでこに血管を浮かせて、精一杯の声を出している。
ヘレン・ケラーか。
近づいて覗き込むと、真っ青なネクタイが彼とシュレッダーをつないでいる。
おかしな遊びをする後輩だ。
現代アートってやつか?
さらによく見たら、ネクタイはなおもシュレッダーに吸い込まれようとしていたし、彼の方は首に手を巻きながら、これ以上引き込まれまいと、必死に身体を立て直そうと苦悶の表情。
クールビズはなかったので男子全員ネクタイ着用、ところが、ネクタイピンというものが流行らなくなっていた時代。
Aは、重要な資料ゴミととも、誤ってブラブラさせたネクタイもシュレッダーに取り込まれてしまったようだ。
強烈な勢いで巻き込む例の機械。
当然、首に巻いているネクタイは、彼の首を容赦なく締め付ける。
助けてくれ、という断末魔の理由も理解できる。
しかし、答えはひとつ。

「スイッチ、切ればいいじゃん

」

「スススシッチ・・・、み・・・えま・・・せん・・・

」
ネクタイの長さは残り8cm。
首が上向きになっているから、スイッチが探せない。
死にはしないだろうと、しばらく様子を眺めていたが、彼の顔色が赤から青に変わってきた。

「ススメだな

」
可愛い後輩をからかっていたら、見るに見かねた課長がやってきて、

「おいおい、いい加減、切ってやれよ。もう、オレ帰るぞ

」
銀座のねえちゃんとの約束があるらしい。
さきほど、自宅に電話して「今日は残業だから遅い」なんて言っていたっけ。
課長命令なら仕方がない。
シュレッダー口の右にあるスイッチをOFF。
止まる。
後輩は涙を流しながら、首を上げて−その際、シュポッという異次元の音を発したのを覚えている−ネクタイを引き出す。
おそらく、母親から入社祝いにもらったセリーヌの青いネクタイ。
芋洗坂係長のそれのように、首に残っているネクタイは8cm。しかも、下端はギザギザチップスのようにおしゃれな断裁柄となっていた。
20秒ほど咳き込んでから、涙を拭いてシュレッダーを蹴飛ばす後輩の姿。
全長8cm、いや、首に巻いてあったネクタイをほどくと、30cmぐらいは残っていた。
その残骸を、照れ隠しのようにおいらに渡し。先輩(←おいら)にも、課長にも何も告げず、ビジネスバッグを手にして事務室を一人、出て行った。

「ほら、おまえ(←おいら)がすぐ助けないから、あいつ、いじけちゃったぞ」

「まぁ、ネクタイをシュレッダーにかけたっていう理由では辞めないでしょうから、明日は何食わぬ顔できますよ

」

「そうだな。さ、俺たちも帰るか。」
夜のとばり、蒲田の街に飛び出していった首輪を外した野良犬たち。
バブルという時代に入っていたことを、バブルがはじけてから気がついたのも、我ら3人一緒だった。
翌朝、彼の赤いネクタイにはしっかりとネクタイピンが施してあった。

「昨日、錦糸町によってマルイでタイピン買いました」
首の周りについた青いアザを隠すこともなく、おいらに告げる。

「今日から、しばらくは先輩シュレッダーやってくださいね」
ぬけぬけと先輩に雑用を頼みやがったが、昨夜のイジケが治っただけでもありがたい。
おいらに任せておけ。
次の後輩が来るまで1年間、シュレッダー係りをやってやる。
■シュレッダー係1年「ほぼ無の境地」…アリさん「引越社」労働問題、男性従業員の心境
(弁護士ドットコム - 05月09日 16:12)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=149&from=diary&id=3983295
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