本●「渡部雄吉写真集 張り込み日記」 (ナナロク社)
渡部雄吉・著 乙一・構成と文
あたりいちめん枯れ草におおわれた水辺の原っぱを、ロングコートにハンチング帽の眼光鋭い中年男が歩き回っていた・・・・
昭和三十三年一月一三日。
茨城県水戸市、千波湖のほとりで、
切取られた親指と鼻と陰茎が見つかった。
翌日、湖の反対側で他の部分も発見される。
死因は絞殺。遺体は酸で焼かれていた。
遺体とともに回収された遺留品に手ぬぐいの切れ端があり、
矢羽根の模様から、東京下町の旅館で
使用されていたものだと判明する。
事件の舞台は東京へと移った。
事件を追うふたりの刑事に密着したモノクロのドキュメンタリー写真集。
刑事たちは地取りのためか蒸気機関車が走る線路の脇に立ち、男たちがたむろするぞうすい一杯十円のめし屋や温泉マークの旅館で聞き込み、ときにはごった返す駅の待ち合い室で新聞を手に張り込みをし、捜査室にかかってきた電話に声をあげて確認する。
まるで、去年一年かけて全24作を見終えた東映映画『警視庁物語』シリーズの実録版。
写真には一切説明なし。
一枚一枚を見ながら、どういう局面なのか想像するしかない。
想像しながら、いわば“刑事物語”を自分なりに創っていくことになる。
否、想像しなくてもふたりの刑事、とりわけ年かさの中年刑事の執念が写真のなかににじみ出る。
よくぞ撮ったし、よくぞ撮らせたものだ。
刑事ふたりが歩きまわる、昭和三十三年(1958年)の東京の風景や人びとの暮らしぶりも見どころだ。
同年七月十六日、犯人逮捕。
この年の暮れに、東京タワーが完成したという。
ログインしてコメントを確認・投稿する