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2019年10月23日00:20

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映画を見ない日の出来事246

映画を見ない日の出来事246

たまたまNHKのBSプレミアムを見てたら、かつてのドキュメンタリー番組「新日本紀行」を、4Kリマスター版として再生する過程を記録したシーンに出くわした。
「4Kリマスター」は、映画でもよく目にするので興味深い。

まずはオリジナルフィルムの編集した継ぎ目にほころびがないかを確認し、あれば特殊なフィルムでつなぎ直す。
次に、フィルムを徹底的に洗浄する。
経年による汚れを取り去ったフィルムを、ひとこまひとこまスキャンして、デジタル化していく。
さらに、デジタル化されたひとこまひとこまを、人が目で確認しながらキズを修正していく。
この修正作業が、放送時間30分の「新日本紀行」1本につき、100時間だという。
さらには色調や明暗を微調整し、音声をクリアにして完成する。

これだけでも、十分面白かったが、そののちにリマスター版の「新日本紀行」から、1本まるごと放送となった。
1973年に放送されたものだ。

冒頭でディレクターとおぼしき男性が、上野駅のみどりの窓口で「こうふくえき」までと切符を買い求めた。
しかし、窓口の国鉄職員は「こうふくえき」がどこなのか分からない。
職員がどういう字を書くのかと尋ねると男性は「しあわせのこうふく」と答えた。
駅名の字は分かったものの、まわりに聞いても誰も知らない。
しばらくして、窓口から切符が出てきた。
その切符には手書き文字で「幸福」とあった。

1970年代、若者たちを中心に一大ブームを巻き起こした「幸福」駅は、じつはこの番組がきっかけだったという。
私も一度だけ、「幸福」駅の切符を拝んだことがあった。

しかし、番組は鉄道駅の話ではない。
北海道の「幸福」という小さな農村の探訪記だった。
幸福は明治期に開拓がはじまり、住民の多くは凶作が続いた福井県越前大野からの移住者だった。
先代(父親)がどういう経緯で幸福にやって来たのか?と、農民のひとりにマイクを向ける。
向けられた男性は、いまでも差し障りがあるから勘弁してよと、言葉を濁してしまった。
多額の借金を踏み倒してきたのか、あるいは咎められるようなことをしでかしたのか、いずれにしても郷里から逃げるようにして幸福にたどりついたのだろう。
しかし、やっとおもいでたどり着いたこの地でも、開拓民たちの苦労はたえなかったようだ。
幸福という地名の由来をきかれた村民が「どんなに苦労しても不作続きの貧乏に、なかばやけくそで幸福と名付けた」みたいなことをしゃべっていた。
かつて幸福駅があった、小さな村の一瞬をとらえた、貴重な30分だった。

ところで、幸福駅を通っていた帯広から北海道の東海岸にある広尾を結ぶJR広尾線は、1987年に廃線になっている。
いまは広尾線をたどるように、広尾から帯広までを路線バスが走っている。
今夏、北海道を旅行したさい、この路線バスに乗った。
たしかに「幸福」というバス停があった。
そういえば、バスが走る国道からさほど遠くないところに、いまは記念公園みたいになった幸福駅の跡地がちらりと見えた。

NHKのHPによると、「新日本紀行」は1963年10月から1982年3月までの18年6ヶ月も続いた長寿番組だった。
のどかな農村風景をイメージしたような、富田勲のテーマ曲はいまでも耳に残っている。
しかし、放送されたのが小学生から20代の頃だったので、興味がなくてほとんど見ていない。
富田勲のテーマ曲が流れ出すのを合図にチャンネルを変えていた。

いまおもうと、もったいないことをしたものだ。




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