職業は体が弱ければ退(や)めることもあり、自分に適さなければ転職することもある。いくら体が丈夫で、自分に適していても停年で退(や)めなければならぬ人もある。しかし、わたしたちの信仰は、体が弱くなろうと、丈夫になろうと、年老いようと、不幸にな
「殺されったって死なない、か」男のような言い方でなぎさは言い、「そりゃあそうよ、お父さん。人間を完全に殺すっての、むずかしいわよね。キリストさまだったかしら、肉体を殺し得ても魂を殺し得ぬ者を恐れるなって言った人。この言葉、何かで読んだことあ
幸福とは何かというと、結局はお互いに愛し合っていくということになるのだろう。たとえ貧乏でも、地位が低くとも、愛する者と愛し合っていれば、幸福だと思えるわけだ。(三浦綾子『忘れてならぬもの』)
網走三浦綾子読書会のご報告を頂戴しましたので、ご披露させて戴きます。 【内容】 4月27日(木)、再開2回目の読書会を行いました。 1ヶ月ぶりに会う方もおり、楽しい近況報告の後、「母」を前回の続きから25ページまで輪読しました。 結婚後家庭を形成してい
人間のおろかさは、決して命令やきびしさで直すことはできない。心のしこりを融かすものは、寛容であり愛である。共に荷を負ってくれる忍耐である。 (三浦綾子『明日をうたう』)
人間という者は、多かれ少なかれ人々から離れて生きているものではないだろうか。たとえたくさんの仲間がいて毎日話し合うことができたとしても、話の数だけ誤解を生ずるということだってある。いつも人の中心になって華やかに生きている人でさえ、絶えず人間
http://yotei.miura-ayako.com/ 5月からの読書会予定表のHPへの更新できました。 リンク先で各地方の予定をご確認ください。
深い心の底から出る愛の言葉、あたたかい言葉、それはたとえば「おやすみなさい」の一語であっても、その言葉があたたかければ、そのあたたかさに全身が解きほぐされていくような安らぎを与えられる。(三浦綾子『小さな一歩から』)
「四賢婦人記念館」移築決定との朗報 2016年4月に発生した熊本地震により、施設・展示資料ともに甚大な被害を受け、閉鎖していた四賢婦人記念館の移転新築が決まったそうです。 移転先は同じく益城町の潮井自然公園内とのこと。 今朝(4月27日)付熊本日日新
金の多い少ないは人間の偉大さには関係はねぇ。金持ちにも貧乏人にも、馬鹿もいれば立派なのもいる。問題は、目に見えるものがもんだいじゃねぇ。目に見えないものが大切じゃ。(三浦綾子「泥流地帯」)
人生には、若い人も、老人も、病人も、健康な人も、時に大変な困難にあうことがある。 (もう駄目だ! 絶望だ!) と、叫びたくなることがある。が、いかなる場合にも、自分の人生を投げ出してはならない。 (三浦綾子「孤独のとなり」)
楽なことなら、誰でもやれるさ。しかし難儀なことは、やる気のある者でなければやれないんだ。(三浦綾子「続・泥流地帯」)
「使命」という字は、命を使うと書くと聞いた。なるほど、使命とは命を使うことか。味わい深い言葉になり。一本の花が命を限りに咲いて果たしているということ。その人なりにひたすら生きる、美しいことだ。(三浦綾子『この病をも賜として』)
4月22日の三浦綾子読書会の記事が4月23日の北海道新聞釧路・根室版に早速載りました。
「口紅が濃すぎるよ」 という言葉ひとつでも、本当はなかなか言い難いものだ。言い難い思いをしてまで言ってくれるのは、愛があるからだと思う。しかし私たちは、人の言葉を受けとめることが実に下手だ。(三浦綾子「風はいずこより」)
思い立って、すぐ実行に移す人間は、必ずしも実行力があるとはいえないのだそうである。むしろ意志薄弱で、自己抑制がきかないのだという。行動力があるなどといわれて、いささかうぬぼれていたわたしは、実は意志薄弱型の人間なのだと、思い知らされたのであ
人間という者はまことに複雑なものだ。信じてるといいながら、実はどれほど疑っているかわからないし、愛しているといいながら、実は何を思っているかわからない。(三浦綾子「愛すること信じること」)
人間という者は、隠れてことをなすのが好きなものじゃ。子供の頃の遊びで、最も楽しいものが、かくれんぼ。 な、そうであろう」(三浦綾子「千利休とその妻たち」)
旧約聖書には、救い主がどのようにしてこの世に来、どのような最期を遂げ、どのように復活するかが予言されている。イエスはその預言のごとく来、去り、そして復活した。つまり、預言はことごとく成就したのである。(三浦綾子「新約聖書入門」)
人間はしばしば妙なものを進歩であると錯覚する。大量殺戮の兵器を造ることさえ最大の進歩であるかのごとく錯覚する。戦いの最も進歩した姿は戦わないということだ。人間同士が兵器によって殺し合うことなく、言葉によって話し合うことだ。それが戦いの最も進
愛されたい。ああこの感情は人間への刑罰。なぜなら、真実に愛しうる人間はこの世にいないのだから。(三浦綾子『帰りこぬ風』)
キリスト伝道劇団 新宿新生館 45周年記念公演 『続・氷点』を鑑賞してきましたのでご報告をお届けしたいと思います。人の心の原罪を問う/三浦綾子作『続氷点』朗読劇公演4/9(日)16時〜、4/10(月)13時半〜、17時〜、の全3回の公演で、上演時間は途中で1
北見から文学講演会のご報告を頂きました。2017年4月9日(日)、北見中央図書館で「三浦綾子文学講演会」を開きました。日曜日の午後の、のどかなひと時、78名の方々が集われました。「四月にしては珍しい、あったかい日ですね」という、「母」の冒頭
「信用を失った者は、死んだも同然だ。一旦信用を失ったら、それを取り返すのに、倍の苦労では足らないですよ。百倍もの真の姿を見せなければ、元の信用は戻りません。」(三浦綾子『嵐吹く時も』より)
人格、これこそが、人間が人間であるゆえんのものである。わたしたちは、自分たちの人格を育て養うのに、怠惰であってはならない。その日その日に追われて、ただ忙しく立ち働くマルタ(福音書の中に出てくるひとりの女性)であってはならない。ある時はすべて
『人間としての、一つの義務として「互いに愛し合わねばならない」のです。 愛するとは、単なる「好き」とはちがいます。相手を生かし、相手を育てる意志なのです。』(三浦綾子 『小さな郵便車』より)