どんなに人々が尊敬する人間でも、人には言えない恥部を持って生きている、人間というものは、そんな弱い存在、醜い存在なのだ、と(今日出海氏は)おっしゃったのかも知れない。(三浦綾子『忘れえぬ言葉―私の赤い手帖から』)
人間誰しも、虫けらのようにさげすまれたはかなわない。神のようにあがめられてもかなわない。人間は人間として生きたいのである。(三浦綾子「忘れえぬ言葉―私の赤い手帖から」)
「人間には思想信教の自由がある。このことを、本当に教えることが出来る人こそ、真の教育家です。」(三浦綾子『ちいろば先生物語』)
人間は、まことに不完全なものである。自分はこれで良しと思って生きていても、知らず知らずのうちに人を傷つけているのだ。短所のみならず、長所によっても人を傷つけてしまうのだ。(三浦綾子『生きること思うこと』)
もっと自分を大切にしなさい。われを忘れるということは、ある時は美しいが、しかし、またみにくいことでもあるのだよ。(三浦綾子『石の森』)
人間とは、実に孤独な、侘しいものだ。その孤独な人間同士を密着させるのは、わたしにとってはやはり神の愛しかないような気がするのである。(三浦綾子『愛すること信ずること』)
金の多い少ないは人間の偉大さには関係はねぇ。金持ちにも貧乏人にも、馬鹿もいれば立派なのもいる。問題は、目に見えるものがもんだいじゃねぇ。目に見えないものが大切じゃ。(三浦綾子「泥流地帯」)
『わたしにとって読書とは、自分の生きる姿勢を正しくしてくれるものでなければならない。 わたしの心を激しくゆさぶり、 「お前は、どのように生きているのか」と、問いただしてくれるものでなければならない。』( 三浦綾子『遺された言葉』)
「三浦綾子読書会の歌」のお知らせ昨日「三浦綾子読書会の歌」がユーチューブにアップされました。もともとこの曲は14年前にマタイ水戸さんが東京に居らした時、光綾の会に出席されておられました。その時に「光綾の会のテーマソング」があっても良いよねとい
私たちは往々にして、神はいないとか、思うことがある。いや、頭から信じようとしないのだ。私もまたそうであった。死んでもキリスト信者にはならないと、私は幾度公言したことであろう。頑なに両眼をつむって生きていた私には、傍らに立っている神を見ること
人間、何が情けないといって、自分の真実が相手に伝わらないことほど情けないことはありません。(三浦綾子『岩に立つ』)
「あなた、わたしたちは、人には捨てられましたが、神には捨てられませんね」 この妻の言葉に、私は、はっと我に返った。もう何もかもぶち止めようと思っていた私が、はっと正気に戻ったのです。狂わんばかりの懊悩が静まったので
「保郎はん、戦争は地獄ですやろ。何しろ人の殺し合いやからなあ、人間、地獄を見れば、そりゃあ、変わりますわなあ、地獄というところはなあ、人の心が荒(すさ)むところや。」(三浦綾子『ちいろば先生物語』)
森下辰衛三浦綾子読書会代表がアッセンブリー誌に連載している「三浦綾子の作品から 学ぶ信仰 4」が発表されましたので、日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団のご了解を 得て、アップさせて戴きます。〜あほうになって生きる幸い
「死んだ者は沈黙するより仕方がない。どんな思いで沈黙しているか、わかってやるのが生きている者の義務だ。」(三浦綾子『銃口 (下)』)
現代ぷろだくしょん山田火砂子監督『母』の配役のお知らせ以前映画化決定のお知らせは致しましたが、ようやく配役情報を入手しましたのでお知らせします!!<現在決まっているキャスト>小林セキ 寺島しのぶ小林多喜二 塩谷瞬小林末松 渡
本を購入しました。『天晴れ! ぶれなかった人たち 日本史クリスチャン人物伝70』いのちのことば社(Forest Books)刊熊田和子著彼らはなぜあきらめなかったのか?ザビエルから三浦綾子まで、日本史を彩る偉人たちの「核(コア)」に迫る。一口に70人と言って
「戦争だから仕方がなかった。みんなが死んだ時代だ。仕方がなかった」と私たちは言う。が、本当に仕方がなかったのか。なぜ殺人を正当化する理由が戦争にあるのか。(三浦綾子『難病日記』)
新聞は時々誤報があったり、読んでも読まなくてもいいことが書いてあったり、読まなきゃなんないことがちっちゃく書いてあったり。(三浦綾子『銀色のあしあと』)
「持っているもので、もらっていないものはない」との聖句を思いつつ、聖壇の前の机に積まれた果物や野菜を眺める。「収穫」の二字にも、限りなく深い意味あり。真理あり、恵みあり、当たり前のことにあらず。(三浦綾子『難病日記』)
「人間てね、その時その時で、自分も思いがけないような人間に、変わってしまうこともあるのです。」(三浦綾子『塩狩峠』)
愛とは「死ね」とは言わぬものだ。もし、われわれに国のために死ねというものが出てきたら、それはわれわれを愛していないということを知るべきだ。(三浦綾子『太陽はいつも雲の上に』)
この世には、いわゆる役に立つ人間ばかりが生きているわけではないのです。重病人、(中略) 身動きもかなわぬ老人等々。しかし、神はその人々の命と、健康でばりばりと働いている働き盛りの人の命とに、何の差もつけてはおりません。どの命も神の前には等しく
そして、自分が幸福でありたいように、他の人々もまた幸福でありたいとねがっていることを、忘れてはならないと思っています。このことの中に、わたくしは人間及び人間社会の幸福の鍵がかくされているように思われてならないのです。(三浦綾子『羽音』)