人生というのは すべて、 待つ時間に熟して 行くのだといった。 待つということは 明日を信じることであり、 明日に望みをもって 生きることでも あるといった。 (三浦綾子『果て遠き丘』)
言葉は生きものなのだ。心に蒔かれた言葉は、どんな形かに成長する。悪い言葉は悪い実を、よい言葉はよい実を結ばせる。私たちは、自分が今聞いている言葉が、どんな意味を持つのか、十分に聞き分ける必要がある。不要な言葉か必要な言葉か、識別する必要が
「いまより後のことは神の領分だ」と言った人がいる。しかし人間はなんと神を無視していることだろう」。神を信じていると言いながら、私自身、けっこう自分の知恵により頼んでいる。(三浦綾子『生きること思うこと』)
中日新聞のサイトで発見しました。http://www.chunichi.co.jp/article/front/list/CK2015010702000064.html(東京新聞の本日付1面にも同じ記事が掲載されていました) ↓本日の東京新聞1面記事『<戦後の地層 覆う空気(5)沈黙の重み>』で北海道の美術
自分だけが弱いんじゃない、自分だけが苦しいのではない。自分だけがむなしいのではない。自分だけが惨めなのではない。自分だけが死を思っているのではない。誰しもが、様々な苦しさ、むなしさに陥らざるを得ないのだ。そのことを、腹の底からよくみとめた時
「雲の上には、いつも太陽が輝いているのです」そうだとわたしは思った。二人の一生には、いかなる悪天候があるか予測できない。しかしどんな悪天候の日であっても、その黒雲の上には必ず太陽が輝いているのだ。雲はやがて去るだろう。だが太陽は去ることはな
(黒柳)朝さんの本に、「すばらしいものはみんなタダ。愛情、太陽、空気、水、勇気、信じること、情熱、好奇心・・・・・・」とあったのを思い出す。すばらしいものが、すばらしいものとわかること、これは実に私たち人間にとって稀有のことなのだ。何が大切
誰の目にも触れぬ 深山の中に 美しい花の咲いているのを 見ることがあります おそらく その花に目を注(と)める人は 何年に一度あることでしょう でもその花は 懸命に 命の限り 美しく咲いているのです 人は見ずとも 神は見
「一生を終えてのちに残るのは、われわれが集めたものではなくて、われわれが与えたものである。」(三浦綾子『続・氷点』上)