全日本プロレス85年世界最強タッグ決定リーグ戦、第12戦は12月4日、福岡国際センター大会(テレビ収録、観衆4,500人発表)。メインイベントの公式戦は馬場、ドリー・ファンク・ジュニア組vsスタン・ハンセン、テッド・デビアス組が対戦。ハンセン、デビアスの
全日本プロレス85年世界最強タッグ決定リーグ戦は中盤に突入し第9戦は12月1日、後楽園ホール大会(観衆3,000人満員発表)では公式戦で鶴田、天龍組が国際血盟軍のラッシャー木村、阿修羅・原組と対戦、16分12秒、天龍が原に不覚のリングアウト負けを喫し、鶴
全日本プロレス85年掉尾を飾る世界最強タッグ決定リーグ戦は11月23日、後楽園ホール(テレビ生中継、観衆3,400人超満員発表)で開幕。長州、谷津嘉章組のジャパンプロレス勢が初の公式戦参加となりました。参加チームは前年度優勝の鶴田、天龍組、馬場、ドリー
ジャパンプロレス自主興行、85年ニューウェーブ・イン・ジャパン第3戦、大阪城ホール大会(テレビ収録、観衆9,500人発表)のメインイベントは初のシングル対決となる長州と鶴田のシングル頂上決戦。84年11月1日、後楽園ホールに新日本プロレスを退団した長州
ジャパンプロレスの自主興行ミニシリーズ第3弾の「ニューウェーブ・イン・ジャパン」は85年11月1日、仙台・宮城県スポーツセンター(観衆3,900人発表)で開幕。前日の10月31日、鶴岡市体育館で閉幕した全日本プロレスのジャイアント・シリーズに参加していた
85年12月12日IWGPタッグ・リーグ戦優勝決定戦、仙台・宮城県スポーツセンター大会(テレビ収録、観衆5,420人満員発表)の試合開始前に事件が起きました。リーグ戦1位でこの日の優勝決定戦に出場する予定であったブルーザー・ブロディとジミー・スヌーカが
85年IWGPタッグ・リーグ戦、終盤のヤマ場は12月6日、両国国技館(テレビ生中継、観衆8,750人発表)。この日は、猪木、坂口組vs藤波、木村健吾組、ブルーザー・ブロディ、ジミー・スヌーカ組vsディック・マードック、マスクド・スーパースター組の2大公式
選手、フロント大量離脱から2年目、苦難の年であった85年の新日本プロレスは11月15日、後楽園ホールで年内最終シリーズ「IWGPタッグ・リーグ戦」が開幕。WWFとの業務提携が解消になったことで、「MSG」の名称が使えなくなり、80年から5回に亘り開
全日本プロレス85年ワールド・チャンピオン・カーニバル、10月22日は京都府立体育館大会(テレビ収録、観衆7,100人発表)では前日、互いのタイトルを賭けてダブル・タイトルマッチを行ったNWA世界ヘビー級王者リック・フレアーとリック・マーテルがタッグを
全日本プロレス85年ワールド・チャンピオン・カーニバル、日本テレビ「全日本プロレス中継」ゴールデンタイム復帰、毎週土曜日午後7時からの第1戦は10月19日、後楽園ホールからの生中継。観衆は3,400人超満員発表。立錐の余地もないほどギッシリと入りました
全日本プロレス85年「ワールド・チャンピオン・カーニバル」は10月4日、後楽園ホールで開幕。全日本はこの年、春のチャンピオン・カーニバルは行っていませんが、秋にワールドの冠をつけて開催しています。新日本プロレスが「闘魂シリーズ」を開催しなかった
85年10月18日放送のワールドプロレスリングは視聴率が13.3%、翌19日放送の日本テレビ「全日本プロレス中継」ゴールデンタイム復帰第1回放送(土曜日午後7時から60分枠)は新日本と同じく後楽園ホールからの生中継でした。ドリー・ファンク・ジュニア&テリ
85年バーニングスピリット・イン・オータム開幕戦の10月4日、札幌中島体育センター(観衆5,250人満員発表)は放送時間枠を90分に拡大しての特番生中継。メインイベントは猪木とブルーザー・ブロディの「運命の対決」第5戦。ブロディは来日前にアメリカで先シ
新日本プロレス秋の陣85年「バーニングスピリット・イン・オータム」は10月4日、札幌中島体育センターで開幕。シリーズ名を見てもわかる通り、「猪木の眼にバーニングスピリットを感じた」と言うブルーザー・ブロディの台詞から取ったバーニングスピリット・
前田日明、リーグ戦棄権で迎えたUWF格闘プロスペクト、第5戦は85年9月6日、後楽園ホール大会(観衆2,177人超満員発表)。聖地後楽園での興行人気の高さを証明しました。第1試合で新人の宮戸成雄(優光)がデビューし星名治と15分時間切れ引き分け。この時
UWF85年格闘プロスペクト第3戦は9月2日、大阪・臨海スポーツセンター大会(観衆2,056人満員発表)。この日も公式戦3試合が組まれました。 メインイベントは藤原喜明が高田伸彦を18分22秒、アキレス腱固めでギブアップさせ無傷の3勝。高田は白星なしの
UWF「格闘プロスペクト」は85年8月25日、岐阜産業館(観衆2,230人満員発表)で開幕。このシリーズもスーパー・タイガーこと佐山聡が考案した「3週間に5大会」の開催となりました。先の格闘熱帯ロードでは初のABグループ別リーグ戦が開催され、Bリーグ
全日本プロレス85年決戦!ダイナマイト・ウォーズは8月31日の両国国技館大会が終わると特別参加のドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクのザ・ファンクスは帰国。ヒットマンとして電撃復帰した阿修羅・原は前シリーズから一匹狼としてシリーズに参戦
全日本プロレス85年「決戦!ダイナマイト・ウォーズ」は8月23日、後楽園ホールで開幕。ジャパン軍団参戦以来、初のドリー・ファンク・ジュニア&テリー・ファンクのザ・ファンクスが来日となりました。開幕戦はジャパンプロレスへの売り興行で、ダブルメイン
チャレンジ・スピリット85最終戦の9月19日、東京体育館大会のアンダーカードを見ると、2年前の83年が嘘のような人材不足感がアリアリで、旗揚げ1年目のノーテレビ時代を除いてはこの時期が「底」ではなかったかと思います。��15分1本勝負 ○畑浩和(12分3
新日本プロレス、チャレンジ・スピリット85最終戦は9月19日、東京体育館で行われでいます。前84年に怒濤のように勃発した選手、フロントの大量離脱で一気に選手層が手薄になった新日本プロレスですが、3月に全日本プロレスからブルーザー・ブロディを獲得。
85年9月6日、碧南市臨海体育館(テレビ生中継、観衆2,790人満員発表)では猪木とジャイアント・マシンのシングルマッチが組まれました。東京スポーツ紙上によると、ミスター高橋レフェリーがショーグン・KYワカマツの「催眠術」にかかってしまった疑いがあ
新日本プロレス、「チャレンジ・スピリット85」は8月23日、東村山市民スポーツセンターで開幕(テレビ生中継、観衆2,320人満員発表)。当初発表の参加外国人はアンドレ・ザ・ジャイアント、マスクド・スーパースター、バックソー・ヒギンズ、ケリー・ブラウン
UWF85年格闘熱帯ロード、公式リーグ戦。7月21日、日曜日の後楽園ホール大会は2,356人、超満員発表の観客を動員。地方では弱いUWFも聖地後楽園では新日本プロレス、全日本プロレスを上回る興行人気です。この日、Aリーグ公式戦が3試合、Bリーグ公式
スポンサーについた海外タイムス社が金地金詐欺商法で社会問題になった豊田商事の系列会社であり、スポンサーが撤退。さらにイメージダウンを怖れたテレビ東京の「世界のプロレス」枠での放送も1シリーズのみで打切りとなり、UWFは経営危機に晒されました
全日本プロレスの85年熱風!サマー・アクション・ウォーズは7月31日、大分県日田玖珠地区産業振興センターで最終戦を迎えましたが、8月1日は移動日で翌2日の札幌中島体育センターからジャパンプロレスの1週間のミニシリーズ第2弾「サマー・ドリーム・フ
長州がジャパンプロレス社長に就任してから初のシリーズとなる全日本プロレスの85年「熱風!サマー・アクション・ウォーズ」6月28日、後楽園ホール(テレビ収録、観衆2000人発表)で開幕。前に書きましたが、同日、新日本プロレスが品川プリンスホテル・アイス
85年7月28日、大阪城ホール(テレビ収録、観衆13740人超満員発表)では猪木とブルーザー・ブロディの2度目のシングルマッチが開催されました。 全日本プロレス、ジャパン連合が大阪城ホールを多用していたのに比べ、新日本プロレスは分裂前の84年3月21日以
新日本プロレス85年バーニングスピリット・イン・サマーも折り返し地点に突入。7月19日、札幌中島体育センター(テレビ生中継、観衆4630人発表)では藤波はスーパー・ストロング・マシンの挑戦を受け、WWFインターナショナル・ヘビー級王座の防衛戦を行って
超獣ブルーザー・ブロディ、初の新日本プロレスシリーズ全戦参加となる「バーニングスピリット・イン・サマー」は85年6月28日、品川プリンスホテル・アイスアリーナで開幕しました。シリーズ名の由来はブロディが3月21日、後楽園ホールで新日本プロレスのリ