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日記一覧

80年2月27日蔵前国技館ではアントニオ猪木vsウィリー・ウイリアムスの格闘技世界一決定戦(WWF格闘技世界ヘビー級選手権試合)が行われています。プロレスと極真空手の世紀の果たし合いは殺伐とした異常な雰囲気で行われ2ラウンドに両者場外転落した際にウ

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アントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳、長州力の新日本プロレス勢が出場した79年12月17日、ニューヨークMSGでは”インクレディブル”ハルク・ホーガンがWWFでのデビュー戦を行っています。ホーガンは本名テリー・ジーン・ボレアでベーシストからプロレス

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79年12月17日(現地時間)ニューヨークMSGで開催された WWF定期戦に日本からアントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳、長州力の4選手が出場。主力選手がこれだけMSGに出るというのも初めてで当時のWWFと新日本の蜜月関係を現しています。猪木はアイア

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新日本プロレス79年「闘魂シリーズ」最終戦は12月6日、蔵前国技館で行われ新WWFヘビー級王者アントニオ猪木にボブ・バックランドが挑戦したリターンマッチが行われました。試合は再びタイガー・ジェット・シンがリングサイドに出現し、徳島の時よりもリン

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79年11月16日沖縄・那覇市奥武山体育館のテレビ生中継では坂口征二&長州力組がグレッグ・バレンタイン&マサ齋藤組の挑戦を受けて北米タッグ王座の防衛戦を行っています。試合は長州が額から流血する展開となり1本目は9分1秒日本組の反則勝ち。2本目は55

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坂口征二がパット・パターソンを破りWWF版の北米ヘビー級王座を奪取したまでは良かったですが、実は既にこの時点で同王座はインターコンチネンタル王座に改称されていて、アメリカでは存在しない王座になっていました。前々回書いた北米王者パターソンがブ

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WWF北米ヘビー級王者パット・パターソンが王者となった時期には前回書いた79年6月のペンシルバニア州アレンタウン説ともう一つ、同年10月22日ニューヨークMSGでのWWF定期戦でインターコンチネンタル王者パターソンと北米ヘビー級王者デビアスがダブ

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タイガー・ジェット・シンにNWA北米ヘビー級王座を奪われた坂口征二でしたが、次期79年「闘魂シリーズ」にもシンが後半戦に特別参加することは決まっていたものの、シンにリターンマッチを挑むことはなく、何故か前半戦に特別参加したパット・パターソンの

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「プロレス夢のオールスター戦」が終わってから2日後の79年8月28日、松阪市総合体育館で「ブラディ・ファイト・シリーズ」が開幕。8月31日、宮崎・南九州学院短大体育館では坂口征二&長州力組が1年8か月ぶり来日したジェリー・ブラウン&バディ・ロバー

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79年「サマー・ファイト・シリーズ」が終わるとアントニオ猪木、坂口征二、藤波辰巳の3人はアメリカ、カナダへ遠征を行いました。8月10日(現地時間)ロサンゼルス・オリンピック・オーデトリアムでは猪木がタイガー・ジェット・シンと7分3秒両者リングアウ

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79年4月27日横浜文化体育館で開幕した「第2回MSGシリーズ」には前半戦に元NWA世界ヘビー級王者のジャック・ブリスコが特別参加し話題を集めました。71年12月に猪木が日本プロレスを追放・除名処分されてからはNWA系の大物外国人選手との対戦はなか

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79年1月26日岡山武道館でジョニー・パワーズのNWF北米ヘビー級王座に挑戦した坂口は20分1秒、コーナーポストからのフライング・ニードロップからの体固めで破り王座獲得。北米タッグ王座と併せて「北米2冠王」となりました。この時、坂口の入場テーマ曲

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日本で猪木にNWF世界ヘビー級のベルトを奪われてアメリカに帰国したジョニー・パワーズは翌74年1月31日にオハイオ州クリーブランドでアーニー・ラッドに敗れ北米ヘビー級王座からも転落、この時にオックス・ベーカーが乱入し、観客が暴動を起こし、NWF

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71年11月17日ニューヨーク州バファローでNWF北米ヘビー級と初代NWF世界ヘビー級の2冠王者となったジョニー・パワーズは、3日後の11月20日にオハイオ州クリーブランドでワルドー・フォン・エリックに敗れNWF世界王座から早くも転落。北米ヘビー級王

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79年に入ると、坂口征二にシングルのベルトを巻かせようという動きが起きています。前年78年は「ドラゴンブーム」藤波辰巳人気が爆発し、売り出しも一段落、ジュニア・ヘビー級の概念も日本で定着しており、次は坂口の番となった訳です。そこで目を着けたのが

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78年6月23日大宮スケートセンターで開幕した「サマー・ファイト・シリーズ」にはストロング小林も凱旋帰国3シリーズぶり坂口征二との北米タッグ王者チームが揃い踏みしました。7月24日広島県立体育館ではピーター・メイビア&ヘイスタック・カルホーン組に

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78年1月6日川崎市体育館で開幕した新春黄金シリーズはタイガー・ジェット・シン、上田馬之助組(上田は1月13日岡山武道館から参加)、ジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツのハリウッド・ブロンドス、後カラーは変わりますが2人合わせて600kgのベニー&ビ

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77年6月24日大宮スケートセンターで開幕した「アジア・チャンピオン・シリーズ」にはアジア・ヘビー級、北米タッグ二冠王者のタイガー・ジェット・シン、北米タッグ王者の上田馬之助が参加しています。1月の新春黄金シリーズはスポット参戦だった上田はこの

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77年6月9日(現地時間)バージニア州ノーフォーク・コンベンションセンターで行われたタイガー・ジェット・シン&上田馬之助組に坂口征二&ストロング小林組が挑戦した北米タッグ選手権試合は60分1本勝負で行われ、シン&上田組の再三の反則攻撃に業を煮やし

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77年4月22日、大阪府立体育会館で開幕した「ゴールデン・ファイト・シリーズ」で左腕負傷により欠場していたストロング小林が戦列復帰。開幕戦のリング上では先シリーズに凱旋帰国した吉田光雄のリングネームが「長州力」と発表されました。当時は横文字のリ

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77年になると、新日本プロレスのリングにまだら狼上田馬之助が登場し北米タッグ王座は前年までとは流れが一変しています。1月7日越谷市体育館での「新春黄金シリーズ」開幕戦に乱入した上田はタイガー・ジェット・シンと共闘。セミファイナルの坂口征二&ス

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76年は猪木が格闘技世界一決定戦路線に乗り異種格闘技戦に走ったところからNWF世界ヘビー級王座の防衛戦は年間4回と少なくなりました。3月18日蔵前国技館ではジョニー・パワーズを2-1で撃破。アリ戦を挟んだ8月5日には蔵前国技館でタイガー・ジェッ

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76年の年頭の1月7日東京日比谷の帝国ホテルで72年ミュンヘン五輪柔道重量級、無差別級金メダリストであるオランダのウィリエム・ルスカがプロ格闘家に転向、猪木に挑戦を表明しました。2月6日新日本プロレス初使用となる日本武道館で両者が格闘技世界一決

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北米タッグ王座のベルトは再びアントニオ猪木&坂口征二組の腰に戻りました。75年10月24日水戸市民体育館で開幕した「闘魂シリーズ第2弾」には新日本初参戦となる人間風車ビル・ロビンソンが終盤1週間に特別参加。シリーズ最終戦12月11日蔵前国技館では猪木

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ロサンゼルスでの試合から2日後の75年8月3日ネバダ州ラスベガスにおいてNWA総会が開催されました。アントニオ猪木の新日本プロレスが3年連続してNWAに加盟を申請。新日本プロレスは今回の加盟申請に先立ちアメリカの弁護士と相談の上、「今回加盟を

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75年「ゴールデン・ファイト・シリーズ」はアンドレ・ザ・ジャイアントは3週間で帰国し終盤1週間にはNWF世界ヘビー級王者タイガー・ジェット・シンが特別参加。シリーズ最終戦の6月26日蔵前国技館猪木はシンに3度目の挑戦。シンは試合前に「猪木の挑戦

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NWFがアメリカにいつまで存在していたのか?には諸説あります。経営不振に喘いでいた団体の共同オーナー兼エースレスラーのジョニー・パワーズが猪木に敗れNWF世界ヘビー級ベルトを失ったのが73年12月。猪木は1回目のストロング小林戦を終えたばかりの

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アントニオ猪木のNWF世界ヘビー級王座返上問題は新日本プロレスの仕組んだ話題作りに他ありませんでした。長い日米プロレスの歴史においてデビット・ヘルマン(ディック・フェラルドマン)NWF会長、ジェリー・アレン・プラター会長代行の名前が出てくるの

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74年は年頭からアントニオ猪木が日本選手権の開催を訴え続け、ジャイアント馬場に挑戦を執拗に繰り返しました。元国際プロレスのエースだったストロング小林と日本プロレスの先輩大木金太郎を連続して倒した猪木は実力日本一の呼び声も高くなりました。しかし

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74年5月24日足立区体育館で開幕した「ゴールデン・ファイト・シリーズ」に初来日したNWA北米タッグ王者チーム、カール・フォン・ショッツ&クルト・フォン・ヘス組のナチの戦犯コンビは恐るべき強さを発揮。開幕戦では70年日本プロレスの「第1回NWAタ

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