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日記一覧

74年3月19日新日本プロレス蔵前国技館大会。都営地下鉄蔵前駅、国鉄総武線浅草橋駅から人の波が続いていました。外は冷たい雨、3月中旬にしては2月並みの寒さでした。1954年12月22日、同じ蔵前国技館での力道山vs木村政彦戦から20年、アントニオ猪木とスト

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団体の現役世界ヘビー級王者が退団して他団体の王者に挑戦するという、日本プロレス史上前代未聞のアントニオ猪木vsストロング小林戦が正式決定。3月1日には新宿・京王プラザホテルで両者による調印式が行われました。新日本プロレスの「創立2周年記念ビッ

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74年、国際プロレスはストロング小林の退団だけではなく68年1月から放送開始されたTBSの「TWWAプロレス中継」が3月一杯で打ち切りとなりました。「TWWAプロレス中継」は当初は毎週水曜日午後7時(関東地区)〜7時56分の原則生中継でスタート。放

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74年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」が閉幕した1週間後、2月8日ストロング小林は辞表を持って新宿区高田馬場にある国際プロレスの事務所を訪れ、吉原功社長に退団の申出をしたものの、慰留され話し合いは平行線に。この話を事前に察知していた「

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74年国際プロレス「新春パイオニア・シリーズ」は前々回(2)で書いたように、前半戦の2週間、1月19日川崎市体育館大会迄で予定されていたタイトルマッチは全て行われシリーズ最終戦の2月1日札幌中島スポーツセンター大会までは通常の消化試合的興行が行わ

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ストロング小林国際プロレス所属ラストシリーズとなった74年「新春パイオニア・シリーズ」中盤戦の模様です。1月13日和歌山県立体育館(観衆4,000人満員発表)大会。メインイベントはグレート草津&アニマル浜口組がジェリー・ブラウン&バディ・ロバーツ組の

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ストロング小林の国際プロレス所属最後のシリーズ74年「新春パイオニア・シリーズ」は1月5日北九州市小倉区三萩野体育館(テレビ収録、観衆3,000人発表)で開幕しています。 前73年、7月9日大阪府立体育会館で同門のラッシャー木村を2−1で破りIWA世

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昭和プロレス復興の起爆剤となりました74年3月19日蔵前国技館で行われたNWF世界ヘビー級選手権試合、アントニオ猪木vsストロング小林の一戦を振り返りたいと思います。初回は大きく再編成された前73年の激動の日本マット界を振り返りを織り交ぜながら74年

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全日本プロレス「オープン選手権」第9戦、12月15日仙台・宮城県スポーツセンター(テレビ収録、観衆6,000人超満員発表)大会ではファン投票「夢の対決」第1位に輝いたジャイアント馬場とジャンボ鶴田の師弟対決。試合開始早々、打点の高いドロップキックを顔

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75年12月11日、日本武道館での「力道山13回忌追善特別大試合」を経て、全日本プロレス「オープン選手権」12月12日の第6戦は三重県鈴鹿市立体育館(観衆2,200人発表)大会。ハーリー゛レイスは前回書いた左肩の脱臼により、また、以下の選手は11日の日本武道館

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75年12月11日、日本プロレス界始まって以来初と言っていい、互角のパワーバランスを持った団体による本格的な同日同時刻開催の大規模な興行戦争が展開され、歴史に残る1日となりました。日本プロレス界における興行戦争と言えば、この時より7年11か月前、の

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75年12月11日、日本武道館で行われた百田家主催、協力全日本プロレス、国際プロレス、日本プロレスによる「力道山13回忌追善特別試合」は14,500人(超満員発表)の観客を動員しました。日本武道館でプロレスの興行が開催されたのは66年12月3日、日本プロレスが

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全日本プロレス75年「オープン選手権」は内外20人という史上空前のメンバーを集めて行われました。まずは12月11日、日本武道館での「力道山13回忌追善特別試合」の前までの前半戦からの主な展開を振り返ってみたいと思います。第2戦の12月7日埼玉県川越市民

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先ず日記の本編に先立ち、昨日2026年8月5日、全日本プロレス、ジャイアント馬場と深い関わりを持つ第46代NWA世界ヘビー級王者、ドリー・ファンク・ジュニアさんの訃報が入ってきました。ドリーさんは1941年2月3日インディアナ州インディアナポリス出身

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75年10月30日、全日本プロレスの「創立3周年記念ジャイアント・シリーズ」最終戦、蔵前国技館大会が行われ、ジャイアント馬場vs大木金太郎の一騎討ちが人気を呼び12,000人(超満員発表)の大観衆を動員してみせました。全日本プロレスは旗揚げ3年にして初めて

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75年10月21日永田町の東京ヒルトンホテル(キャピトル東急ホテル)で百田家(力道山家、力道山未亡人の百田敬子さんと百田家後見人、リキエンタープライズの山本正男代表)が記者会見を行いました。本75年は力道山の13回忌にあたる事から、それを記念した大会「力

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全日本プロレス75年「創立3周年記念ジャイアント・シリーズ」は9月26日後楽園ホールで開幕、アブドーラ・ザ・ブッチャー、オックス・ベーカー、プリンス・ピューリン、スタン・ハンセン、ボビー・ジャガーズ、ラリー・ズビスコの外国人選手が参加。後に新日

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75年新日本プロレス「闘魂シリーズ」が行われている間に、ジャイアント馬場と全日本プロレスは前74年、猪木にマスコミを使って「馬場、挑戦を受けろ!」と派手に挑発され、12月13日には「興行権、テレビ放映権も全部くれてやる、立ち給え馬場君、我々は力道山

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75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」総評の続きです。単独第8位は8勝7敗、8点の山本小鉄。小鉄は前「ビッグ・ファイト・シリーズ」は4大会しか試合に出ておらず、謎の欠場はありましたが、今リーグ戦は見事に復調。4月24日松山市愛媛県民館

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新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」は猪木の大逆転2連覇でその幕を閉じましたが、最後の最後まで読めない優勝争いを展開し、大きな盛り上がりを見せました。優勝したアントニオ猪木は4月4日蔵前国技館での開幕戦で大木のヘッドバットのラッシ

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新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」最終戦5月16日日大講堂(テレビ生中継、観衆8,500人超満員発表)大会。いよいよ優勝決定戦です。公式戦同点2位の12.5点にアントニオ猪木、坂口征二、ストロング小林、大木金太郎の4人が並び、4者による決勝

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新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」第34戦、5月14日岡山武道館(観衆3,900人満員発表)大会。この日の公式戦は1試合のみ、大木とスーパー・デストロイヤーが対戦。大木は公式戦最終試合であるこの試合に勝たないと決勝進出の望みは水泡に帰して

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7週間に亘り激闘を展開した新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」もいよいよ大詰め。優勝争いに向けて最後のデッドヒートレースが展開されています。終盤戦になると公式戦日程の消化も進み、1大会あたりの公式戦の数も減少していきました。九州、

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75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」も残すところあと1週間、5月16日日大講堂における優勝決定戦に向けて連日激闘が展開されています。第30戦、5月9日香川県高松市民文化センター(テレビ生中継、観衆4,600人超満員発表)大会。テレビ生中継は

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75年新日本プロレス「第2回ワルド・リーグ戦」、九州ツアーは4月26日の大分県中津市片津公園特設リングから5月5日、福岡スポーツセンターまで10日間に亘る長期サーキットでしたが、ストロング小林のエース時代の国際プロレスを放映していたTBS系ネット

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75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」も終盤戦に入って来ました。第24戦、5月3日北九州市小倉区三萩野体育館(観衆4,500人超満員発表)大会。公式戦は最初で最後となったストロング小林と大木金太郎との注目の公式戦。初のシングル対決です。現在

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新日本プロレス75年「第2回ワールド・リーグ戦」第22戦、5月1日熊本市体育館(観衆4,500人満員発表)大会。メインイベントでは4月8日新潟市体育館と同一カード、フリー参戦同士のストロング小林と大木金太郎がタッグを組んで登場、キラー・カール・クラッ

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75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」も後半戦に突入。第18戦、4月26日、大分県中津市片津公園特設リング(観衆4,300人超満員発表)大会。メインイベントはアントニオ猪木&木戸修組がスーパー・デストロイヤー&ジョン・ガニア組とタッグマッチ60

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75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」第16戦4月24日松山・愛媛県民館(観衆3,000人発表)大会。公式戦はまずアントニオ猪木がマンマウンテン・マイクと対戦、4分34秒に体固めでフォール勝ちし7戦6勝1敗、ストロング小林はサングレ・フリアーと

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75年新日本プロレス「第2回ワールド・リーグ戦」中盤戦の激闘の模様です。第13戦、4月19日和歌山県立体育館(観衆4,500人発表)大会。公式戦は坂口征二と星野勘太郎の一戦が組まれ、14分7秒に片エビ固めで坂口がフォール勝ち、7戦5勝1敗1分となりました

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