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2015年11月08日19:13

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大阪の自然の展示室に開架式図書コーナーをつくったわけ

先月末から、図書館学的卒論生さんがやってきて、博物館の図書コーナーでの市民サービスを調査中。土日の図書コーナーの利用状況を観察し、学芸員に対面アンケートをし、学芸員のいるカウンターでの来館者とのやり取りを記録した日報を調べ。と忙しそう。まあ、卒論締め切りのこんなに間際でなければ、もっと余裕をもって研究できたんだろうけど、もう時間がないので一気に頑張るしかない。
で、昨日の調査が終わった後、いろいろと質問される。近頃の質問テーマは、どうして図書コーナーのところに学芸員が座るカウンターを設けたかという点だったのだけど、今日は少し違う。どうして開架式の図書コーナーをつくったのかだった。確かに、小さな図書コーナーがある博物館はちょこちょこあるけど、こんなに図書コーナーが広い博物館は少ない。でも、どうして?って問われても…。
展示室のレイアウトや構成は、学芸員の会議で決めたことなので、過去の会議記録をあされば何かしら分かるはず。きちんとその部分が記録されていたら、だけど。で、発掘作業を行ってみた。せっかくなので、ここに記録しておこう。
図書コーナーがある新館の情報センターは、2001年にオープン。でも、その企画は1995年に遡る。

■1995年5月9日
1995年は新館の(というか、当時は本館も含めて全面更新のつもりだったので、全展示室に関しての)基本計画を策定していた。
この時点までにで、すでに「図書閲覧室」を設けようという話はあったらしい。この日は、すでにぼんやりとあったプランについて各学芸員が考えてきた内容をプレゼンしている。
 T学芸員:「図書閲覧室」と「地域自然誌展示室」はセットで、書庫に近い場所が望ましい。
 S学芸員:地域自然誌展示室は、大阪の自然の展示コーナーと、分類展示のあるリファレンスルームの2本立てにする。リファレンスルームには、学芸員がいて質問に答える。そのためには書庫や収蔵庫に近い位置が望ましい。リファレンスルームには、本や端末も必要。
その後の展開からすると、S学芸員のプランがほぼそのまま採用された様子。

■1997年6月3日
1997年は、新館の実施設計の年。この時点でも、本館を含めての全面的な展示更新のプランをつくっている(いま読み返すと、とてもむなしい)。
「地域自然誌展示室(+学習ルーム)」と表記されている。リファレンスルーム案はいきている。学習ルームの内容としては、学芸員相談席、司書、コピーサービスとある。開架式図書コーナーがあるのかどうか明記はされていないが、地域自然誌展示室の基本コンセプトは「大阪の自然のことがなんでもわかる」とあるので、おのずと展示に加えて、標本と図書は置いていそう。

■1997年11月5日
「学習コーナー」の図面を検討している。パソコンが設置され、標本が並んでいる以外に、書架の存在が明記されているので、すでに開架式図書コーナーの設置は既定の路線らしい。

■1998年3月10日
「学習コーナー」の展示構成がまとめられている。大阪の岩石から動物、植物などの標本展示に加えて、「パソコン検索コーナー」「観察機器コーナー」「図書コーナー」が並んでいる。

どうも、どうして開架式の図書コーナーが必要かという議論はあまりなされなかった様子。うろ覚えでの記憶でもそんな感じ。大阪の自然についての調べ物ができる学習コーナー(すなわちリファレンスルーム)には、学芸員、標本、図書のセットは不可欠(できれば司書やコピーサービスも)。ということで、あっさり全員が同意したってことなんだろう。改めてどうして?って問われると意外と答えにくいけど、やっぱり納得はできるよねぇ。

【追記】
ちなみに、1998年10月13日に拡大図書委員会というのが開かれていて、開架式図書コーナーを用いた新たな市民サービスの展開についての議論が行われている。なんとなく、開架式図書コーナーを設置することを決めて、後からそこでどう展開するか考え始めてるという泥縄。
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