未だに成功率8割くらいの箇所があり、さらってはいるものの、
そこが近づいてくると力みが生れてしまうせいか、失敗してしまう。
勿論、指はそれなりに動いているのだけれど、細かい音の軸がぶれてしまうのが嫌。
さあやるぞ、ではなく日常の一端のように、涼しい顔で、当たり前の事のように
こなしたい。
こういうテクニカルなパッセージは、練習時の成功率100%であってもポロっと本番で事故ることがあるので、もう半分寝ていても出来る状態にしておかないとだめだと思うし、その箇所がやってくるのがむしろ楽しみ、というくらいにまで仕上げておきたい。
なのに、未だに用心してしまって自滅、という日々を繰り返していました。
それが、そのパッセージの前で、念のためにと、そこに備えて取っていたブレスをやめてみたところ、むしろその後は順調で、最後の決め音もゆとりで出来るようになった。
急に成功率95%くらいになった。
作曲家の指示では、元々そこにブレスはなく、一つのスラーだったのだけれど、最後の高音の充実度を考えて、ゆとりをもたせるために、カンニングブレスで対応していた。
でも、どうも、そのブレスが邪魔をし、身体を固くさせてしまっていたのかもしれません。
最期のフォルテの音も、充分にまかなえて、こちらの方が息にゆとりも生れる。
こんなことは初めてで、何故?何故?と考えてみましたが、おそらく一度ブレスを取ることによって音楽の流れが断ち切られて、つまり息が失速して、改めてヨイショとエンジンをかけ直すようになっていたのかもしれません。
でもいまだに謎。
曲はイベールの小品4小節目。レシ♯ド♯ラが4回高速で続くヶ所。
アウフタクトのソシ♭ラ♭レファから続けて吹いた方が簡単になるってどうしてだろう・・?とやはり謎。
私の心身の中で何が変化し、何が行われているのだろう?
そもそも何故、補助輪的なブレスをやめてみようと思ったのだろう?
自分のことなのにやはりわからない。謎だらけです。
不思議だけれどありがたい。
来週には、ここが楽しみ、と感じられるようになっているといいのですが。
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今回のコンサートのチラシに使った写真は昨年1月に行ったゴゾ島(マルタ共和国)のカリプソの洞窟の上から撮ったもの。
オデュッセウスがここに棲む妖精カリプソに魅せられ共に7年暮らしたと言われている場所で、地中海を見渡すことが出来る。
お天気にも恵まれ、本当に空と海の青のグラデーションが美しかった。
心地よい風に吹かれた時、脳内に流れてきた音楽がこのイベールのピース(小品)だったのが、今回のコンサートを企画するきっかけにもなりました。
地中海をサーっと吹き抜けていく風になって、この作品を演奏したいものです。
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