ウクレレの高橋重人さんと一緒に岩城正夫先生を訪問しました。
先生は8回目の年男で、96歳。
とてもお元気なご様子でしたが、昨年末から色々と身体に不調も出始めたとのことで心配です。
とはいえ「一番元気なのはここです!」といたずらっぽく笑いながら頭を指さす様子は相変わらず若々しく一安心。
今回も貴重なお話を沢山伺うことが出来ました。
ますます世界が混迷を極めているこの時代、言葉で理想を語り、表現し、広めていく人もいれば、黙々とその理想に向けて、小さな活動を続け実践している人もいる、という言葉にはっとさせられました。
とはいえそれは良し悪しではなく、夫々のお役目があるのではないかしら?とも思ったりもした。
言葉は机上の空論にならぬよう、実践は偏った激しさに傾かぬ様、夫々バランスを取るのは難しい。
先生の御二人の御子息の長男は漫画家の岩明均で、その活躍ぶりは今更語るまでもないのだけれど、教育者向けの雑誌に寄稿を求められての文章を見せていただき、感じ入りました。
偏差値の低い昼間の定時制高校(現在は廃止)に行っていた時の思い出。
その後、和光大学に入学したものの、10年通って結局、中退。
大活躍している漫画家とはいえ、学歴だけ見ると、う〜〜ん??という人物に寄稿を求めた教育関係者に拍手です。
内容は、内心馬鹿にしていた同級生が考えた修学旅行での余興がとても受けたことに感じいって、反省した、という内容。ここで、「人を尊敬するということを知った」とありました。
それは偉人や有名人を尊敬するということとは全く別物で、昨日まで見下していたクラスメイトたちに尊敬の念を抱いた、ということ。
そして、それは「人生の中でもとても大きな重要な経験」で、『寄生獣』、『七夕の国』、
『ヒストリエ』の中でもこの学びが活かされているとありました。
岩明作品の奥行はこうしたところからも生れているのだなあと感じた次第です。
そういえば『ヒストリエ』はアニメ化が決定したらしいです。楽しみ!
ご次男の岩城保氏は舞台照明家として活躍されていますが、読売新聞での「スタッフ賞」の選考に残ったそうで、『ガラスの動物園』での「停電の場面で、ろうそくの外側に広がる暗闇に表情を持たせた」と高い技術が賞賛されていました。
暗闇の表情ってどういうものなんだろう?ととても気になりました。いつか見てみたいものです。
ここから技術と美、表現、芸術の話になり、話題は尽きることがありませんでした。
「僕は自分のことを職人だと思っている」
と仰る先生ですが、職人だからこそ「美」の本質に迫れるのではないか?
それが受け継がれているのではないか、と思いました。
なんだか、昔よく亡き師・植村泰一先生と会話していた内容みたいで懐かしかった。
「職人であれ」とよく仰っていた。
甲野先生と陽紀先生もそうですが、岩城先生と御子息たちも、父から息子への「受け継ぎ」がしっかりと成されているのを感じました。
それは何かを教え教わるというのではなく、生まれた時から共に長い時間を過ごすことでいつの間にか受け継がれているものかもしれません。
むしろ親子といえども、「教え教わる」の中ではこうした受け継ぎは為されないのではないのだろうか?とも思える。
ビールを飲んだ後ではありましたが、高橋さん、そして私も久々に演奏を。
高橋さんにはお師匠さまからの伝統のハワイの伝統ウクレレ音楽をリクエストしたのですが、ハワイで波の音に包まれながら安らいでいるような心地よさ。
以前よりもより音の芯と輪郭がクリアになって響きが通る。
これも音楽家講座、そして陽紀先生のレッスンの成果か。
私は、初代ロットがリペアによってよりハイスペックになったお陰もあり、また様々な気付きが続いていることもあり、かつて難儀した箇所がむしろ楽しい気持ちで出来ることが嬉しかった。人前での披露は初めてでしたが、多分今までの中では一番マシなシランクス、そしてイベールの小品の一部をお聞かせ出来ました。
御二人の感想で共通していたのは「所謂、よく知っているフルートの音とは全く別物」ということ。
また高橋さんからは「テクニカルなところでも、全くどうだ凄いだろ?が感じられないところが凄い」という感想も。
・・・それは凄いだろとはまだまだ思えないからではないか?とも思うけれど、そんな風に思ったら、この笛からの音は出ないと思う。
最近は自分が馬になってロットを載せて、ロットに操られて走らされているような心地すらしているので。
55年吹いてきて、本当にようやく、このロット達に恥ずかしくない人間になりたいものだ、と切に思えるようになったところです。
演奏する姿勢も今までと全く違う!?(私的には、かもしれませんが・・)
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