実際にフルートを使って口を開ける訳なので、本当にぴったりのネーミングではないかと思っています。
今回の一番新しい気付き。
開けるポイントは、もちろん、数年前に大騒ぎしていた「るろうに」。
もう、身体に沁みついているので、すっかり忘れていたけれど、どまんなかではない場所。
2011年だったか、音楽家講座に参加された山伏さんに誘われ、一緒に高尾山に法螺貝を吹きにいった時に気付いたポイントです。
奥掛け修行を2回も(もしかしたら今はもっと増えているかも?)された本物の修験道の修行者。
その方が「重くない法螺貝の持ち方、構え方」を知りたい、と甲野先生の助言を乞いにいらしたのでした。
これも私にとっては、大きなターニングポイントなった経験でした。
でも当時は、ただあてるポイントが変わっただけだった。
それだけでも驚くほどの変化があったのですが。
その後「るろうに」に発展し、ベクトルと途中経過が変化。
でも、今回の「口開け」に気付くまで8年もかかってしまった。
ほんの数ミリのベクトルの移動に8年!?
もしエジプトに行っていなかったら、もしかしたら、ずっと気付かないままだったかもしれない。
そんな気もする。
微細かつ本質的変化は唇周辺のコントロールによってではなく、微細に変化する息に対応できる柔らかで自由な唇周辺を保つことによってのみ得られるのだから。
突き出して小さな穴を創るのではなく、まずは開く。
フルートによって開けられた口元(口開け)をアゴで閉じる。
疲れ知らずのアンブシュア。
「閉じる→開く」
というのが、従来普及しているやり方ではなかろうか
昨今は「スマイリングアンブシュアは間違い!」と言い切っている名手も数人出てきているので、随分と変わってきているかもしれないけれど。
口角をピンと張って、と私もかつてお教えしてきてしまったし・・8年くらい前までは・・
さりとて、今回のものは
「開く→閉じる」
というものでもない。
ここが肝心なところなんですが、
「開かれる→閉じる」
この違いはとんでもなく大きい。
ミイラは神官の「ちょうな」によって、そして私の口元はフルートによって、開かれる。
だからこその「口開けの儀式」。
・・・・・・
そして「羊座り」。
これをやるときに腕が上がるのは背中が下がって肩甲骨と腕が繋がるからでもあるのだけれど、もうひとつ大事な点があります。
それこそ2004年?14年前から使っていた「鶴瓶の原理」。
特に身体の小さなお子さん、女性、筋力の衰えた高齢者は、これを使って楽器を持てば、重さの負担が軽減される。
「つり合い」の中でフルートを構える。
自分の中では、セットになっていて説明しそびれてしまうことも多かったけれど、羊座りになる時に、この「鶴瓶の原理」を使っている訳で。
ここも大事なポイントです。
・・・・
昨年春に初代ロットがやってきてから、あまりに吹くのが面白くて音大受験生の、十代みたいにさらいすぎてしまって、だからこそ、1月のリサイタルでも使うことも出来、進展もあったのですが、代償もあった。
還暦の身体は、やはり回復に時間がかかる。
その身体の疲れも感じられないくらいに、笛に淫していたような。
憑りつかれたといった感じ。
その春夏のツケが秋冬に。
右首筋や、心臓界隈に大きな違和感と痛み。
胸を圧迫された様な痛みの発作が何度か起き、
病院では「念のために」とニトログリセリンまで持たされた。
父が心筋梗塞で44歳で亡くなっているので、遺伝的リスクも考慮してとのこと。
そういえば、気質も父親似。
興味のあることにガーっと集中邁進してしまうあたりが。
猪突猛進。
おまけに気も強いので、体質だけでなく、メンタル的にも心筋梗塞になりやすいタイプらしい。
その後、様々な治療家の方々のお陰で、持ち直すことが出来ましたが、それ以来、練習は一日おき、ということにしました。
幸いその後は発作も起きず、ニトロの出番もなく、ワインも楽しんで、とまた健康な日々を取り戻すことが。
このパターンが今の自分には丁度良い。
どんなに根詰めて吹いても、翌日一日フルートから離れれば回復は進むので。
本を読む時間が増えたのも嬉しい。
「吹きたいなあ」と思うのも良いことかもしれません。
練習時間は半分に激減したけれど、むしろ考える時間が増えたせいか、「今のレベル」を引きずらなくなったせいか、進展は加速しています。
「一日休むと三日遅れる」
ともよく言われているけれど、ほんとかな?と思ったりもして。
それは言い換えれば
「一日休むと三日遅れてしまう程度の付け焼刃的技術」しか持ち合わせていない、ということではないのかしら?
・・とはいえ、2日吹かないと心配になるので、まだまだ・・・?
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