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2019年05月23日01:01

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5月19日(日) 夜  広島

京都で新幹線に乗り換えて広島へ。

広島は大学を卒業してすぐに、川崎優先生所縁の「茅笛の会」の演奏会に参加するために訪れたことがあるだけ。

この折には、まだご存命だった先生のお父様。川崎豊先生とも懇親会で同じテーブルでご一緒することができました。

川崎豊先生は、三浦環とも共演していた、という日本を代表するオペラ歌手。

その声のすばらしさだけでなく、とてもハンサムで、若い頃は三船敏郎にも似ていたのだそうです。

緊張してご挨拶する私達に、第一声。

「いやあ、本当に皆様お奇麗だ!!」

と、満面の笑顔での第一声。

・・川崎優先生の

「やあ、君たち、今日も可愛いねえ〜!!」

というのは、お父様譲りだったのね、と一同深く納得したのでした。

空き時間には、会場近くのアーケード街にある洋品店で、売れ残って9割引きになっていたミラショーンのロングドレスを買ったのもよく覚えています。
金糸の細いストライプが斜めに走っている滑らかな生地で、首回り、袖口、裾にたっぷりとキツネの毛皮があしらわれていて、ローウェスト、という豪華なもの。

当時は親がかりだったので、すぐ母に電話してそれがどんなに素敵なドレスか、を必死で説明して、買っても良い許可をもらって、とても嬉しかったのを今でも覚えている。

実際、そのドレスは、若い頃よくやっていたホテルのラウンジやレストランなどでのクリスマスコンサートのアルバイトで大活躍。東慶寺コンサートでも一度着たかも。

つい最近までずっと持っていたものです。
・・いつの間にか入らなくなったのと、生地もさすがにほつれたりして、くたびれてきたので処分してしまったけれど・

広島には楽しい思い出しかない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


でも、2011年以降、川崎先生の「祈り」を演奏させていただくようになってから、いつかは、もう一度、ちゃんと広島を訪れたいと思っていました。

原爆ドーム、そして平和記念資料館に行きたい、と思っていました。

それも一人で。

今回は、良い機会と思い、本当は仲良しのS子ちゃんとどこかに旅行しようか、とも言っていたのですが、事情を説明し、このようにさせてもらったという次第です。

7時過ぎに到着し、インフォメーションへ。

今回は、さらに、川崎先生が被爆された街、その後運ばれて校庭に寝かされていた、という小学校を訪ねてみようと思ったのです。

これらの情報は、先生の音楽葬・献花式の折にお二人のご子息がまとめられた小冊子の中の記事にありました。

それは

「平和への思い −−困難を乗り越えてーー」

という川崎優先生の手記で、2011年(当時87歳)に東京藝術大学の同窓会誌に寄稿されたものです。

ここには、先生の生い立ちと、被爆体験、その後のことなどが鮮烈な言葉で語られていました。
それは、先生の声を伴って聞こえてくるような生き生きとした文章でした。


この小冊子を手にしてから、いつか行きたい、行かねば、とずっと考えていました。

折よく、平和記念資料館もリニューアルを終えたばかり。

平和記念資料館に歩いて行ける、ということでネット検索して予約したホテルは、素泊まりで、なんとたったの5000円。びっくりです。

ホテルにはタクシーで乗り付けようと思っていたのですが、インフォメーションセンターの女性から、

「丁度、あと5分で原爆ドームも通るバスが出ます。原爆ドーム前で降りれば、ホテルは徒歩10分くらいで、すぐ着きますよ。」

と助言。

「はい!」とはいっても、疲れているし、探すのも面倒なので、ホテルへはタクシーね、と考えていました。

でも、タクシー乗り場とバス乗り場は反対方向。

丁度、オフィスから見えるので、なんとなく「ハイ」と言った手前、悪いかな、と結局バスに。

そしてバスを降りた目の前に原爆ドーム。

この時の感情をまだ言葉で説明するのは困難ですが、本当に来るべき時に来たのかもしれない、と感じられました。

ここに来るのに60年もかかってしまったけれど。

ホテルに向かうのも忘れて、ゆっくりと周囲をまわりました。

夜でも、観光客は多く、特に外国人の若い人たちの姿が目につきました。
もちろん日本人も。

ホテルにチェックインした後、すぐにまたドームに向かい、ベンチに腰かけてずっと見ていました。

どこかの小学校の子供たちが先生に引率されてキャンドルに灯りをともしてこのドームに捧げていました。

インフォメーションのお姉さんの言うことを聞いてバスで来て良かったです。

タクシーだったら、おそらくバタンキューで、そのまま部屋に居たと思うから。

・・・


夕方に結構ボリューミーなカツサンドを食べたのに、なんだかお腹もすいてきて、橋のたもとにあるお洒落なレストランに。大きな木の下のオープンエアのテーブルで、ほっとしました。

鳥羽、伊勢、みんな楽しかったけれど、ホテルの宴会場にはワインはなかった。

ボルドーに久々にありつけてほっと一息。
牛肉のソテーも、やや甘めのソースでしたが、とても柔らかくて美味しかった。

目の前の川が、今の広島と過去の広島が交差する何層にもなった境界線の様に感じられたのは、歩き疲れた身体にしみ込んだワインのせいかもしれません。

食事の後は、もう一度、原爆ドームに。

雨が降り出しましたが、そのまま小一時間程、ベンチに腰かけておりました。


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