帰国してから大きな変化が二つありました。
一つは小指。
エジプトの壁画、レリーフは、一種様式美といえるもので、何千年もの開きがあっても同じスタイルを貫いています。
途中、宗教改革を断行し遷都したアクエンアテン(ツタンカーメンの父)の時代だけは、アマルナ芸術という独自のスタイルでの発展がみられますが、彼の死と共に、これも廃れてしまい、またすぐに元の状態に。
しかしながら、これらが稚拙とかつまらない、という話では全くなく、むしろ洗練された極地のラインで描かれた絵は、それ以上の何物も必要としなかったのだと思います。
これらの役割は、みな墳墓や神殿、つまりあの世を表現したものなので、そこに「個性」は必要とされなかったし、一種のイコンでもある訳で。
さらに言うならば、一種の象形文字と思っても良いのかもしれません。
神々の様子は、水木しげるもびっくり?というくらい多様で面白い。
スカラベ(ふんころがし)など、そのまま全身が顔になったりしているのだから。
私のお気に入りは、ハンサムな山犬のアヌビス神、そして、オシリスの背骨を表しているという背骨が顔?になっているジェド柱。
ともかく、動物さん大集合のみならず、こうしたアっと驚く斬新なものが沢山。
毎日これらの壁画、レリーフを観ている中、感じたのは手の表現の柔らかさ。
神々も、ファラオもその手にアンクだっらり、香油の壺、ワインなどを捧げ持つけれど、誰一人として、ものをつかんだり、にぎったりはしていない。
親指が他の4本の指と向かい合わせに描かれることは皆無。全て、柔らかく添えられているだけ。
これは、敵を打ち倒そうとしている時も同様。
この手の表現は、エジプト美術の特色の一つと言っても良いのではないか、と思います。
そういえば、かのバッハの肖像画もそうでした。
カニのカノンの楽譜を携えたバッハ。
その手の表情は、まさに、このそっと添えられただけの親指。
帰国し、フルートを構えた瞬間に、それまで感じたことのない違和感が襲ってきました。
おそらく、これらのエジプト美術に触れ、私の手の感覚もそれに似てきていたのかもしれません。
それが、フルートを構えたとたんに、いや〜〜〜な感じが身体を走る。
それは主に左腕、左手首、そして、それをもたらしている原因が左小指、ということがすぐに感知されました。
半世紀近く、「普通」と思って間に合わせてきた「病」がようやく浮き出てきてくれたのは嬉しいと同時に複雑な心境でもあります。
ヤクザがまっさきに詰められるのは小指。
それは、思いやりではなく、二度と武器を持てなくするために小指なのだそうです。
出会ってすぐのころ、甲野先生にうかがい驚いたものです。
その後も、「小指から」というのは、私の奏法の基本術理の一つにもなっていたのですが、実際の取り扱い方はまだまだ杜撰でありました。
武器であれ、楽器であれ、道具との関係を取り結ぶのに最も重要な小指。
自然や、動物、鳥などを観るだけでも、人の感覚や身体の状態は変わると思うけれど、(だって丸い紐一本でもあれだけ変わるのですから・・)、古代エジプトの壁画・レリーフ、彫像を観ることも、かなり大きな変化をもたらしてくれるのではないかしら。
人体が、ある意味理想の滞りのなさにデフォルメされているのだから。
ということで、左手小指。
面白いことに左手が変わると、つられるように右手小指にも変化が。
ちなみに、「滞り」とは余計な力み、ふんばり、つっぱり等のことです。
・・・・
もう一つは鼻の孔。
エジプトではミイラの作り方なども学びました。
心臓は大事なので、保存されるということ。(あ、でもツタンカーメンにはこの大事な心臓がなかったんですって‥謎が深まります・・)
内臓はおそらく、この大事な心臓をいったん取り出す必要もあるため、左の脇腹を割いて、そこから取り出される。
左を割かれるという感覚も、何かしら今の奏法に近い感覚。
そして脳ミソは鼻の孔から細長い器具を使って・・!?
鼻の孔というと、表面にある小鼻の孔を思い浮かべるけれど、触ってみればわかりますが、頭蓋骨に空いている孔はもう少し上で、もっと大きい。
この大きな孔で呼吸すればよいのだし、このあたりは、脳に非常に近い。
鼻の孔と脳は近い。
脳に向かって吹けば、脳もフルフルして喜ぶし、頭蓋骨にも振動が行き渡るのではないかしら?・・とこのあたりは個人的なイメージですが、これまた響きはより増すこととなりました。
そういえば、脳ってブラマンジェに限りなく似ているらしい・・
・・・・・・・・・・
にしても。
五千年の古代遺跡に触れてしまうと、そのエネルギーの余りの強大さに、たかだか200年の西洋音楽をチマチマとやって生きているんだなあ、と己の小ささが身に沁みてきます。
まあ、そのチマチマの中に大きな感動や喜びもあるので、これはこれで楽しい私の人生なのだけれど。
アクエンアテンの頃は疫病が流行ったせいもあり、平均寿命が24歳だったとの説もある。
ラムセス2世などは90歳まで長生きしたけれど、一般的に人の寿命は今よりもずっと短かった。
だからこそ、より来世を信じ、そこで永遠に安らかに暮らせるようにとの願いが、あの信仰の形となりミイラとなったのかもしれません。
人生100年時代と言われているけれど古代のエジプト人の4倍生きられたとしても、それで納得、満足ということには、なかなかいかないのではないか?
何年生きられようとも、どれだけ吹き続けられようとも、「もっと」はずっとついてくるんじゃないか、と思う
この頃は特に、時の移ろいのあまりの速さと、抗うことのできないその大きな力におののくことも多い。
死にたくないし、好きな人たち、大事な人たちにも死んでほしくない。
それらに、なんとか抵抗しようとしたのが、古代のエジプシャン?
来世では永遠の命を授かり、みんなずっと幸せに暮らしていけるのだから。
私も高い香油をジャブジャブ使ってもらって高級仕様のミイラになってみたい、とふとイメージが頭をよぎる。
持ってるジュエリー全てをジャラジャラと身に着け、腕は胸の前で交差して組む。
そして手にしているのは王杓ではなく・・
もちろん2本のルイ・ロット!?
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