「バッハタッチ歩き&羊座り」で吹くようになって、一週間。
全てがガラガラと大きく変化したのは、前々回の日記に記した通りなのですが、中でも最も驚いたことは・・
「ソノリテ」
この中の「アタックと音の連結」の部分。
私は、いきなりアタックでやるのではなく、播先生に居酒屋でレクチャーしていただいたベルリンフィルメソード?に関連づけて、まず、タンギングなしで、息だけで行っている。
「フッ」 で出す。
このクオリティを保ったまま、舌を付けて、というのが練習課題。
ここで、色々と試行錯誤、工夫を試みる。
つまり、そういうことをしないと、舌の動きが響きの邪魔をしてしまうのだ。
でも、これがきちんと出来た試しはない。
どうしても、タンギングが加わると、クオリティは幾分落ちる。
舌が音の邪魔をすることは、師・植村泰一先生も仰っていた。
特にここ3,4年だっただろうか・・・
「僕はもう舌でタンギングはしないの。みんな喉!」
かといって、それをそのまま鵜呑みにしても、ぼやけた立ち上がりになるだけで、師の様には出来ない・・
身体の中がちゃんと出来ていないと、そうした仕組みになっていないとそんな技は使えないということである。
それが、今回の変化によって、まさに「喉」で音が出ている感覚となってきた。
でも、まだ普通にタンギングしていた。昨日までは。
それが、このソノリテの「アタックと音の連結」をやっていて驚愕。
フッ が全く違うのだ。
今までは、まだまだ、普通のフッ。
何かを吹き飛ばしてしまうくらい吹いている。
でも、変化後は 今までの十分の一くらいの息とエネルギーで、ボンと響く音に。
さらに、もっと驚いたのはアタック。
モイーズの提唱する「舌を外に出して」というやり方。
もちろん、それなりに練習してなんとかやってはいたけれど、実際の曲の中で使うことは殆どないアタック。
「こんなアタックはフランス人だけだ」というのもよく聞く話。
本当のところはどうなのかは知らないけれど・・
・・何故モイーズはこのようなタンギングの提案を・・?
ずっと謎だった。
その謎がシュルっと音を立てるように解けたのだ。
「バッハタッチ歩き&羊座り」の身体で演奏する時には、このモイーズ提唱のアタックが、とても自然に出来るのだ。
何故?
わからない。
そういう風に身体は出来ている、というしかないだろう。
そして、その上、このやり方でのタンギングは音の邪魔をしない。
響きの質が低下しないことに、本当に驚いた。
モイーズのあの豊かな音の秘密は、あの「舌を前に出す」タンギングにもあったのかもしれない。
でも、それは、この身体のポジショニングがあればこそ。
そうでなければ、この「舌を前に出す」タンギングというのは、むしろ力みを呼んでしまうだけだろう。かつての・・といっても一週間前までのだが・・私の様に。
だから不採用だった訳で。もしくはたまに使うにしても鋭いアクセント用だったり。
でも、それは、その時点で間違ったやり方だったという証明でもある。
だって、「これらはバッハの演奏をするのに優れている」とモイーズは書いているのだから。
モイーズが提唱しているアタックは、音の豊かさ、響きを邪魔しない舌だ。
シランクスを調べて、ムーレの詩との関連性に気付いた時もドキドキしたけれど、今日もドキドキ・・
ああ、還暦なのに、心臓に悪いかも?
でも、とても嬉しい。
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