きっかけは2014年の4月だった。
バッハのチェロ組曲第5番の自筆譜と出版楽譜を何冊か、比べていた時にみつけた違和感。
それを確かめたくて紐解いたフリーデマン・バッハの音楽帳。
そこで出会った、あっと驚きの3434の運指法。
最愛の長男のために、わざわざバッハが書き残した、その名も「アプリカーツィオ」(運指法)という小曲。
その後、様々な文献を調べて、とある仮説が生まれ、私の中では「バッハ・タッチ」というものが自身のフルート演奏の基礎的なものになっていった。
指の動かし方も、歩き方も。日々の暮らしが「バッハ・タッチ」に。
このおかげで、より指も舌も動くようになったし、響きも増した。
当初はこの発見に舞い上がり、実際、私には大きな変化をもたらしてくれて、それに驚かれた甲野先生や、クラヴィコードを弾かせていただき、お話うかがった砂原さんからも、ぜひ、きちんとした文献にまとめると良いですよ、とご助言いただいていた。
先日の練習後の飲み会の時、砂原さんから重ねて、「その話は、とても大事なことだし、まだまだピアノの世界でも知らない人の方が多いので、時間はかかってもいいから、ぜひ、何かしらの形にした方がいいよ。」
と重ねてのご助言もいただいた。ありがたいことである。
とはいえ、「ああ、あの頃はその熱意もあったのですが、なんだか、段々と自分にとっては普通、当たり前になってしまって、その分感動も薄れてしまって、なんとなくそのままに・・」
とお答えしていたのだった。
素晴らしい「お宝」を独り占めしたい、というさもしい根性がもしかしたら根底にあったのかもしれないけれど・・・
でも、先日の砂原さん、蠣崎さんの演奏に刺激を受けたことで、またピアニスト塚田さんとの交流のおかげで、新たにこの「バッハ・タッチ」が持っていたさらなる、より深い意味、意義を再発見することができた。
全ては「響き」のためにある。
この3年間を順序立てて整理整頓して文章にするのはとても大変な作業だけれど、でもやはり残しておかなくてはいけない「仕事」かもしれない、と改めて感じている。
夏の朝の光はとても気持ちが良い。
ここのところ、早寝早起きなので、一日一時間だけは、朝の時間を原稿書きに充てようかな、と思案中・・
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