常連のヴァイオリニストの個人レッスンとなりました。
まずは今回の私の気付きと反省のお話から。
それは「青い鳥」や「ねずみの嫁入り」みたいなお話。
通常のマニュアル、方法を微塵も疑わず、その中で足掻いていたのが2003年まで。
つまり甲野先生と出逢うまで。
そして出逢ってすぐの年の衝撃は、抜刀術を教えていただいた折に起きたのでした。
左半身を後ろに下げ、身体を観音開きにしつつの抜刀。
この折、フっと沢山の息が身体に入ってきて、とてもラクに呼吸できることに気が付いた。
抜いた刀がフルートだったら・・?
とこれが最初の私にとっての大きな変革だったしユリイカでした。
でも当時は、まだまだ色々と踏ん張っていたし、何よりも、顔に水平垂直にフルートをあてるもんだ、とこれまた信じて疑っていなかったので、もちろん。大きな変化はあったものの、その後も脚の位置に関しては右往左往、二転三転していたのでした。
でも、今回の1月11日のマリリンの気付きで、変化した当て位置は、まさに、この最初の抜刀術による構え。
先生もツィートされていたけれど、「思い込み」というものは、払い落としたつもりでも、いくらでも、まだまだこびりついている。
そのこびりつきさえなければ、2003年の段階で、もしかしたら、今くらい吹けるようになっていたかもしれない・・・
まあ、時期というものもあるので仕方ないけれど・・
という愚痴・・だけでなく、これらに付随して、「素振り」「カヤック」「蔵王権現」などが、ちゃんと教えてくれていた様々な要素、取りこぼしていた要素を集約してお教えしました。
具体的には、脚の位置。
歩幅や指先の向きの修正。
これだけで、身体の繋がり方が変わる。
さて、後半の紐コーナー。
この日の午前中のレッスンでフルートの生徒さんと共に試みてみたことがあるのですが、それがもうとんでもなかった。
強いていえば「結界」
神社でも、聖なる場所でも、注連縄を始め、縄、つまり紐で結界を結んでいます。
「結界」という言葉は、時折、甲野先生は口にされることがあるけれど、私には縁遠い言葉でもある。
「結界」って何?という感じでした。特に2003年ごろは。
でも、最早その「結界」としか言いようのないくらい場が身体に与える影響が、つまり音、響きが変わる紐の結び方。
今までは「絆」だけでしたが、それがより発展して「結界」に。
紐っていったいなんなのでしょう?
あと、下駄の鼻緒も丸紐だ!ってことに気が付いた。
下駄の本体は、その紐効果を増幅させているような気も。
フリンジがそうであるように。
お互いピアノ伴奏を交替して、ヴァイオリンとピアノ、フルートトピアノでアンサンブルしたのですが、「絆」だけの時よりも、さらに良い具合です。
相手の出している音も自分が出しているみたいなの。お互いに。
あと、尻尾。(マリンバのYさん発見のものです!)
これが面白い。
実際に付けなくても、お互いの尻尾を想像するだけで、初対面の相手とのコミュニケーションが上手く行くような気がする。
触手や髭で探り合っているようなアンテナがこの尻尾。尻尾、大事です。
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