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2016年03月13日22:52

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『古武術に学ぶ楽器奏法』 3月13日(日)

長崎から三味線のMさん名古屋からギターのTさんご夫妻、そしてサックスのOさんの4名のご参加でした。

最初に夫々からのお悩みや質問をうかがって、それに関連した動きや、参考になりそうなやり方をお伝えしました。

共通していた対処方法は「腰かけつつ構える」

真っ先にお尻から腰かけるのではなく、まず命門から動き始めるだけなのに、身体の環境は大きく変化する、というものです。

腰かけて演奏する場合は、これが出来ないと、楽器の重さをなくすことはできません。

お尻からドスンと腰かけてしまうと、もうそこで、身体は上下に分断されてしまいます。
脚が死んでしまうような感じ。

あと、久々に「ハグ」がリバイバル。

思い返せば、この動きも、「命門」への序章だったのだなあ、と思います。

ピアノを使っての腕の重さの消し方もレクチャー。

「重さを乗せるために重さを消す」・・という訳のわからない言い回しになってしまいますが、これは最近、鍵盤演奏において、とても感じていることです。

腕の状態にTさんが注目されて、触れたり観察されたりしていたのですが、確かに、自分の感覚だけでなく、触感的にも見た目にも、かなりの違いがある。

実感込めてドスンと腕の重さを真下に落とす弾き方は、その時点でヘタな空手チョップよろしく腕が身体から分断されてしまいます。

主観的に重い腕を求めたり、体重を乗せようとすることが、身体を切り刻む。

上手く繋がっていて、釣り合いが取れて腕の重さが消えている状態の時はそよ風にそよぐ触覚の先のような感覚でピアノが弾ける。響きももちろん違います。

アップライトでしか試していませんが、おそらくグランドピアノでも大丈夫だと思う。

結局、音、というのは、出した瞬間に如何に不要な抑え込み、力を取り除くか、にかかってくる。

押しこんだり、叩いたりするやり方は、非常にそれが遅くなる。

これはフルートにおける息の取り扱いにも通じている。

声も同様だと思う。

と、さらに色々と確かめたい事が増えました。

あと、四足歩行的背骨での構え方になって変化した左手人差し指のとある場所が、かなり、他の楽器の役にも立ちそうな気配がであることに、アフターのお茶の時間、お話していて気付いた。

従来の場所とその個所では、指の自由度が雲泥の差となる。

三味線のMさんは、「早速試してみます!」とのこと。

そういえば、上手いギター奏者って、この左手の感じ?とも思う。

今まで、自分にとって当たり前すぎて、文章化されていなかった、つまり意識化されていなかったものも発見。

バッハの奏法で「指先を一直線になるように揃えて」に関する考察。

これは、腕を体幹に繋げるためにも、素晴らしく有効なのですが、それだけでなく、親指付け根の滞りを取るためにも機能していたことに、今頃気が付いた。

パーからグーではなく、グーからパー。

そのグーは蕾の手の内、というのが私流でしたが、バッハ流は「一直線に指先を揃えて」というものなのかも?と思うのもちょっと楽しい。

結果として同じ形状であっても、これまた中身の状態は大違いです。

今日も楽しく、気付きのある時間でした。

ご参加くださったみなさま、ありがとうございました!



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