mixiユーザー(id:4088413)

2015年04月25日00:42

551 view

最強?の手の内・ピグモン!他考察

フリーデマン・バッハの音楽帳を紐解いたことがきっかけで、偶然見つけた今回の手の内ピグモン。

これって、ある意味、最強の手の内ではないか?というのが目下の感想です。

これも、みな、甲野先生のご子息、陽紀さんからお教え頂いた、『指先』の気付きがあればこそ。

指先を使うだけで、身体の構造が整い、繋がる。さらに末端から動くことで、その力はより発揮される。(詳細を知りたい方はぜひ、陽紀さんに!)

この身体の感覚を教えていただいていたからこそ、今回の気付きに繋がりました。

そして、その『指先』がさらに発展したのが、今回のピグモンの手の内。

指先は指先でも、その場所がピグモンにすることで、微妙に異なって来る。
そして、その微妙な異なりが、より精度の上がった、「これしかないでしょ」という形を自と導く。

ああ、バッハ一族におそらく、ごく当たり前のこととして面々脈々と伝わってきたであろう、この手の内。最強なはずだ・・

ということで、昨日までのピグモンより、さらに精度を増したのでした。
もちろん、楽器もさらに軽くなる。

もう一つの気付きは頭。

もっと頭を使うべきだった・・

いや、少ない中身ではなくて、頭の重さを・・

これは、このピグモンでフルートを吹いても、ピアノを弾いても、同様の感覚が生まれたのですが・・・

そして、ピアノでも、立ってフルートを演奏した時と全く同様に脚がくたびれる。

つまり、腰かけていても、ちゃんと脚に沢山のコビトがうごめいてくれて、演奏に参加してくれるようになります。

今までは、繋がった感はあっても、ここまでのものはなかった。
そういう意味でも、最強の手の内です。

あと、靴について。

本日、かしまし娘?ならぬ、フルート3重奏の、トロワ・パルファンの練習だったのですが、お願いして本番用の靴を持参していただきました。

床に新聞紙を敷いて靴(あ、私は下駄ね)で演奏。

これは以前からやってみたい、と思っていたことです。想像していた以上に大きな変化がありました。そして、それはある意味想像していたのとは逆の変化でもありました。

アンサンブルを組んでいる方は実際にやってみると面白いかと思います。

当初の想像では、やはり靴よりも足裏平でスリッパの方が良いのでは、と思っていたのですが、むしろ、逆でした。

靴を履いた方が、リズムのキレも、音の立ち上がりも断然良い。

あ〜〜、そうか!と思ったのは、つまりは武術的な感覚を養わないままの、足裏垂直離陸や浮き、といった感覚を持たない場合、日本人の靴を脱いだ状態の身体は、「寛ぎモード」なのではないのか、ということ。

私達は、まず玄関で靴を脱いで、ホットする。
そのほっとした足元のままで演奏という仕事(この場合、家での練習です)をする。


でも、靴を履けば、身体にはある程度の緊張が起き、それはそのまま「仕事をする身体」にスイッチが切り替わる。

特に、メンバーの二人は、演奏活動も頻繁で、活躍されているので、「本番モードスイッチ」というのが入るのではないかと。

重心が変化するのはもちろんですが、それ以上に、このただ足裏が平なだけだと、ズドンと下に行ってしまうのを、靴が見た目の通り、持ち上げてくれる、という役割があるのかな、と。

西洋人は、家でも靴を脱がない。
ヨーロッパのホテルにあるベッドの下方にかかっている布は、靴のままそこで、寝転んでも良いように、との配慮だそうで、それくらい、靴は第二の足になっているくらい馴染み深いのだと思います。

多分、目が覚めている間は、ずっと「仕事する身体」なのかもしれません。
それとも、靴のままでも寛げるのか?私には全くわかりません。

このあたり、詳しい専門家の本、文献などあったら調べてみたいです。

なので、踵があると、今私が行っている奏法には全く不向きですが、靴の効用というのもちゃんとある。これは良い発見でした。


小関さんはヨーロッパでの研修旅行から帰国したばかりで、ヨーロッパのリズムと響きがする。そのお蔭?の変化の影響もあったかもしれませんが、でも、それ以上に、私には日比野さんともども、別人に変身したよなあ、というように思われたのでした。

個性も奏法もこんなにバラバラなのに、なんで、一緒に合わせると、こんなに面白いのかな・と毎回思うのですが、今回の本番の足元での練習はさらに、素敵な時間となりました。

私も苦戦していた、カステレード、セカンドパートの低音域のいくつかのパッセージも今回のピグモン効果でラクラクに。新曲もずっとやりやすくなっていた。

全体の響きがよりまとまってきたのも、この靴、下駄効果に加えて、個人的にはピグモン効果。

ロザリン・テューレックの演奏に感激し、その晩、徹夜で編曲したフルート3本の為のアリア(「ゴルトベルク変奏曲」より)も、音出ししてみたら、中々素敵で、二人も気に入ってくれて、アンコールに採用され、嬉しい。

音域がかぶさるので、どうかな?と思ったけれど、ちゃんとメロディーは際立ち大丈夫で、よかった。2度目のメロディーをオクターブ下にするのは、ちょっと無理でしたが、そこはご容赦を。

移調すれば、それらもなんとかなりそうではあったのですが、個人的趣味ですが、バッハは移調したくはないので。


・・・・・・

そして例の「オルガンを演奏するバッハ」の絵。

あの大きな袖口は、手甲効果があるし、さらには、あの重さも利用していたのだろうな、と思います。

そして足元。

靴の踵は太く、高さもあり、重たそう・・・

あの最強の手の内が伝わる家系の身体感覚。もし足裏が平な方が良ければ、絶対に、そうした靴を選ぶはず。なのにそうではない・・

何故だろう?

とずっと気になっていたのですが、おそらく、こちらも、その踵の重さを錘として利用していたのではないかな?とも思います。

私が敢えて両手の薬指に指輪をはめて、指の推進力の錘にしている様に。

このあたり、ぜひ、パイプオルガニストに試していただきたいです。

さらに言うと、当時の服装の特徴的なあのソックスのようなもの。あれはもう、ゲートル、脚絆効果ですよね、きっと!

あの手の内で、さらにこのゲートルであれば、脚も恐ろしく動いたのだろうな、と改めて思います。

重たそうな立派な上着の燕尾も、その尻尾を払って着席する折に、良い腰の位置を導くのにも一役買っているし。そして、この重さも指先に乗る訳です。

当時の服装で演奏する、という試みも古楽ではあるようですが、多分、この手の内と離陸の感覚がなければ、つらいだけかもしれません。

でも、古武術的な離陸ができる、協調した身体性であれば、これらはみな、奏者を助けてくれる、というか、最早奏者の一部となって、得も言わぬ音色を奏でだすのではないか、と。


さて、明日は『古武術に学ぶ楽器奏法仲間』のコンサートの為の練習。

やはり、本番用の履物での練習をすることになっています。
私も含め、まだまだ未熟とはいえ、足裏平で、離陸し、横隔膜をより使う奏法に取り組んでいます。
ハテサテ、どんな結果となるか、楽しみです。

男性の場合、スーツに下駄、という訳にはいかないので、靴ではある訳ですが・・
海沼さんと額賀さんがどのようにされるのか、楽しみです。

裸足や足袋でやればいいってもんじゃない、ということを本日、しみじみと感じたのでした。
従来の奏法であるならば、靴の方がずっと良い!


そして、日頃の練習でも、お部屋に新聞敷いて、靴で演奏した方が良いな、やっぱりと。

私?もちろん下駄でさらっております。


6 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年04月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930