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2015年01月06日01:26

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考察色々とお知らせ

三が日は夫とまったりと静かなお正月を過ごし、無事息子も帰国し、のんびりとしたよい休暇を過ごすことができました。


そして1月4日から、レッスン開始。

18日に発表会を控えているので、生徒さんたちも、さらに熱心です。

フルート3名、そして本日はヴァイオリニストをレッスンして改めて感じたのは、昨年末、たまプラーザの講座で気が付いた、というか、降りてきた、掌&足裏合掌の効果の素晴らしさ。

パイプオルガニストの質問を聴いていて、すぐに閃いた、というか、やはり、降りてきた、と表現するのが一番しっくりくるくらい、スっと言葉になった、方法です。

全ての生徒さんに画期的な効果を及ぼします。

4か月ぶりに聴いたヴァイオリニストの響きは、かなり進展されていて、最初の一音を聴いた時、驚いたのですが、まっさきに、この足裏合掌をしていただいたところ、本人も驚くほどの変化がありました。ヴァイオリンでも、こんなに変わるとは・・??

去年、気が付いた時は、もちろん、凄い、と思ったのですが、思っていた以上に凄い。

でも、何故、これが、これほど「凄い」のか、理由は全くわかりません。

強いて考察すれば、ですが、二足歩行的な股関節から四足歩行的股関節への回帰があり、さらに、それによって、前足と後ろ足の釣り合いが整うからなのかなあ・・??と。
前後の足が整えば、それらに挟まれた体幹だって、きっと・・?

腰周辺の響き方が、誰しもがわかるほどに、違う。

昔だったら、といっても数か月前なら狂喜乱舞しているくらいの気付きですが、今は、まあ、使い方が変わるのだから、音だって、当然、変わるよなあ、と今一、心情的盛り上がりからは、どんどん遠ざかっています。

必死で願ったり、念じたりする時の身体は、バランスが崩れ、硬くて脆い。

このことを陽紀さんの講座で知ってから、尚更、停滞期の鬱々モードが加速したのは、無意識下に、こちらの方が、自分の進展にとって良い、と選び取っているからかもしれません。

強い願いや目標も、いわば、「欲」。

欲は「意欲」にも通じているので、なくなりすぎても、困るのですが、強い意欲はともすると、釣り合いを崩す。

主義主張、強固な信念、というのも、もしかしたら、一種の滞りになるのかもしれないな、と最近は思う日々です。

これらも欲と表裏一体なのだなあ、と思います。
今まで、少しでもマシな演奏が出来る様になりたい、と夢中で走ってきたけれど、これもまた欲。

今は、何故か、物欲、それも、ビンテージ、コスチュームジュエリーのトリファリ収集欲にシフト中。

少し、「欲」の質が変わって、散ってきたのかもしれません。

トリファリ熱は相変わらずで、2万個を既にウォッチ。ありとあらゆるデザインがある中で、気に入ったのは20個。2万分の20.つまり千分の一、私の好みはトリファリの中のほんの0.1パーセントでしかない、というのを実感。

そして、それは、他の人にとっても、そうなのだろうな、と。夫々に好きなトリファリは違う。

音への趣味、音楽への趣味、志向、そして、それらをもたらす奏法、技法もこのくらいの趣味の違いがあって当たり前だし、そういうものなのだなあ、と実感が湧いてきています。

趣味の合わないアクセサリーを身に付けろ、と言われると、困るし嫌だけれど、それは他の人にとってもそうで。

みな、夫々が良いと思う、好きなやり方で、幸せに生きていくのが一番良いのではないか、と心底思える。たとえ、どんなにふんばっていて私にとっては、胸が苦しくなる音でも。

本人がそこで、生きる実感を得て、満足できているのなら、それはとても幸せなことではないか。

と紅白歌合戦などつらつら沢山の踏ん張り系の歌を聞いていて、改めて思いました。それに感動し、共感し、幸せになれる人も沢山居る。

人は踏ん張っているから、踏ん張りに共感できるのか??
とこのあたりも、面白い考察材料になりそうですが・・

でも、自分の中の踏ん張りが今よりも多かった頃は、こうした踏ん張り系の音が本当に苦痛で、耐えがたかった。自分の中の踏ん張りが、反応していたのかもしれません。

踏ん張りは、踏ん張り同志の共感も呼ぶけれど、踏ん張りたくない者にとっては、自分の中にある嫌な部分をクローズアップさせてしまう触媒になる。だから、あれほど、嫌だったのか・・

踏ん張っていたって、それなりの主張、趣味に基づいている、丸ごと、その人の真剣に生きている人生。それが良いのなら良いじゃないか?

問題なのは、それを「これこそが正しい基本、真実です」と他者に強要することだし、「メソード」にしてしまうことだ、と。

特に、幼い無垢な魂に、余計なものを植え付けることだけはしたくない。

従来の奏法を否定し、天動説と地動説くらいに違う提案をしている私が絶対に陥ってはいけない落とし穴は、まさにここです。

良い悪いではない。


好きなものを自由に選べる。

これが一番大事だし、好きなものは、どんどん変わっていったって、良い、という自由も認める。

「自分は間違っているかもしれない」と思えることが知性だ、と内田樹も書いていたっけ?

と、欲、意欲が減った分、ふんばった歌声にもいつになく、共感を覚えることができた、という変化があった大晦日でした。



本日、久々に、4日ぶりに練習をしましたが、当て位置から、何から、全て変わっている自分と楽器が居て、本当に驚きました。

さりとて、舞い上がる嬉しさは微塵もなく、ただただ不思議。と同時に、そりゃそうだろうな・・と思う自分も居る。

毎年、その年のソロコンサートのメイン曲を決めることにしているのですが・・

2012年は川崎 優先生の「祈り」
2013年はバッハの「シャコンヌ」
2014年はイサン・ユンの「ソリ」

そして、今年2015年はバッハの「無伴奏チェロ組曲第5番」をじっくり取り組んでいくことにしました。

プログラム全体の構想、テーマはこれからですが、いくつか考えていることはある。

ということで、秋のソロコンサート、日程はまだ先ですが、今年も開催予定です。

昨年末、大晦日前日にゆっくりとお話する機会があり、その折、甲野先生からも、また共演しますか?という嬉しい言葉を頂くことができました。先生にとっても、あのソリでの共演が「良し」とすることの出来る出来事だったことが嬉しいです。

こちらも、まだ具体的には何も決めていませんが(意欲が減退気味なので・・?)でも、せっかくなので、何か良い機会があれば、と考えています。

1月も、あまりうかうかしておれず、18日は生徒さんの発表会で、塚田さんとフランクのソナタ、そしてお手伝いいただく海沼さんと魔笛の2重奏。

そして、2月11日、音教楽器、大人の発表会での講師演奏は、同じお教室の永井先生による新作。
年末に譜面が送られてきたのですが、とても素敵で爽やかなフルートとピアノの為の小品です。

永井先生は、ピアノの指導でも、よいお弟子さんを沢山育てられていてる、作曲家出身の男性です。時々、ケックランのアナリーゼなど、相談に乗っていただいていたりもしたのですが、今回、思いがけない新作の提案をいただき、とても嬉しかったです。

これも、いよいよ金曜日に初音出し。


そうだ。その前、2月3日は新宿ドルチェ楽器にて、甲野先生を迎えての音楽家講座です。
また進化された先生。どんなことになっていられるか?そして、またどんな収穫があるのか?
こちらも、とても楽しみです。



・・・あ、いかん・・!あまり意欲的になってしまっては、せっかくの今の、より釣り合いのとれた奏
法が変質しちゃうじゃない!?

      とすぐに思う私はやはりまだまだ小者です。


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