肉球手の内に気が付いてからというもの、そのあまりの効果の違いに虚しさばかりつのり、かつてない程、がっくりして、気持的にも低空飛行な日々が続いていました。
もちろん、奏法としては、自分の中では、一番、吹けるようになっているだろうし、響くようにもなってきた。でもそれに反比例するように、虚しい気持ち。
だって、たったこれだけで・・・
さらには、吹けているはずなのに、これまたかつてないくらい、自分の演奏がもう嫌で嫌で仕方がなくなる、という症状に。
練習し始めても、すぐに「いや、違うでしょ」という違和感が。
なので、これまた、かつてないくらい、練習をしない11月となりました。
普通なら、色々なことが変化し、吹けるようになり、楽しくて仕方のないはずなのに。
先日の東慶寺の演奏録画を見ても、「・・あああ・・・」とその酷さに頭を抱えたくなる。まだ一カ月も経っていないのに、この違和感はいったい??
本日、ようやく、その違和感の原因に気が付くことができました。
何やら、ずっと嘘を付いているような心地がしていた原因がよくわかった!
この違和感も、弓の気付きで、「肉球手の内」を発見してからのことです。つまり肉球手の内で四肢が変化し、より透明になってきたのに比べて、まだまだアンブシュア周辺が生身の身体の使い方だった。
だから、違和感があり、ずっと嘘を付いてごまかし続けているような気がしてしょうがなかったんだ・・
まさに「口は嘘を付く」です。
きっかけは生徒さんのレッスン。
「あ、それだと、下顎や唇のフレキシビリティが損なわれてしまいますから・・」と若干修正していただきつつ、その口元を見ていて、何故か閃いた。
その場で試したところ、そんなつもりはないのに、急に高い倍音が、つまり音がひっくり返った。
普通、ある程度経験者であれば、フルートで音をひっくり返すなんてことは、まずありえないので、自分でびっくり。生徒さんもびっくり。
「あ、失礼しました。ちょっと試してみたら、びっくりするくらいの出力になっちゃって・・」
つまり、ここにもブロックがかかっていた、ということです。
まだまだきっと他にもこうした滞りはあるのでしょうが、とりあえずは、今回の気付きで、またフルートが楽しくなり、一安心。って束の間の喜びでしょうか・・・
いやはや、本当に苦しい11月でした。
肝心のその気付きは掌の肉球ならぬ、顔の肉球。
とはいっても、医学的には肉球とは呼ばないと思いますが、同じような「手の内」いや、「顔の内」効果があるので、そういう意味での肉球。
まあ、球と呼べなくもない。アゴの下の部分です。
普段の口元からアンブシュアに変化させる時の動きも、そっと左に首を回す時の動きも、みな、腕と同様、回り道が必要だった、ということでもある。
これで、ようやく、手指、足と、顔周辺の濃淡の差が減りました。
こうした感覚だけの「手の内」?というのは、伝わる人にはものすごく伝わるけれど、まあ、一般的ではないのは確かです。マニュアルには出来ない世界だろうな、と思います。
でも、頭や心の踏ん張りがとれれば、もしくはなければ、瞬時にワープできる世界でもある。
踏ん張りだらけで、散々苦労してきた私としては、そのあたりが悔しくて、ああ!とやはりぐれたくもなるのですね。まだまだです。
ああ、どんどん、ヘンな人になっていく・・・
今、ハタと気が付きましたが、もしかしたら法螺貝のお蔭もあるのかもしれません。久々に遊んでみて、以前よりも、何故か吹けなくなっていて、というか、感覚がすっかり違っていることに気が付いて、しばらく吹いていたので。
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